更新日記
更新日記
全体的にちょこちょこ更新しているので、たいして変わってないところも多いです。![]()
報告するまでもないような、ちょっとしたつけ加えや推敲はあちこちにあります。すいません。![]()
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🕊Twitterアカウント作りました
オタク絵描くために作ったんだけど
(だから引かれそうなんだけど)
ボルジア関連のことつぶやいてます
@nekonekomuugyuu
更新日記…2025年11月
2025-11-26
2025-11-20
- 更新
ピラテッロ
聖母教会について、描き終わりました。
この教会には、チェーザレの作った礼拝堂とレオナルド・ダ・ヴィンチの祭壇画があったというトンデモ説?があって、とても楽しかったです。
祭壇画、実際に描かれることはなかったとしても、依頼くらいはあったかもしれないよね。依頼という名の無茶振り的な。
そして跪く男のスケッチは、ちょっとその気になったレオナルドの、走り描きだったかもしれない。
2025-11-19
「OFUSE」での応援というか投げ銭というかお布施、早速ありがとうございます!びっくりしました!嬉しすぎるびっくり!!
- クク 様
OFUSEでお返事できないみたいなので、こちらからすみません。
いつも見てくださってありがとうございます!
OFUSEまで…感謝です!
来年イタリア旅行とのこと……実は私も行く予定なのです!
6月から、ティレニア海沿いの街(ピオンビーノ、エルバ島、ヴィテルボ、オルヴィエート、チヴィタヴェッキア、ローマ)あたりをうろつくつもりです。
クク様はいつ、どのあたりに行かれるのでしょう!?
もしかしてチェーザレ聖地で待ち合わせできるかも!?しれませんね!??
- 更新
ピラテッロ
教会はまだ書きかけです。
ここねー、ドッツァからの帰りに何となく寄ったんです。そしたらチェーザレの紋章ある、めっちゃゆかりある教会だった。帰ってから知って、びっくりした。
勘が働いたのかな!?すごい!
2025-11-16
「OFUSE」という、投げ銭機能を導入してみました。
左のメニューの1番上にあるやつです。
デフォルトはこういう色なんですが、目立ちすぎるので馴染むように変更しました。
万が一にも投げ銭があれば、運営費と言うかプロバイダ料の足しにしたいと思っております。
モチベーションにも繋がるので、応援してやるかって感じで投げつけてくれたら嬉しいです。
- 更新

関連アイテム
ヴァレンティーノ公爵のワイン。
このラベルに描かれてる建物が何なのかわからないのです…
奥に教会が見えるけど、全くヒントにならない!
宮殿ぽくも城塞ぽくもないし…
わかる方、教えてください!
2025-11-15
- 更新
レオナルド・ダ・ヴィンチの潜水服グッズ
名古屋港水族館で販売されている、ヘンテコかわいいグッズ。
2025-11-14
- 更新
フォルリ、スキアヴォニア門
当時はラヴァルディーノ以外の城塞もあったのです。
スフォルツァ家系図
無駄に詳細にしました。
カルロ・ヴァルグリオ
枢機卿時代のチェーザレの秘書官だった人。
この人、ボルジア没落に備えてやってたこと(じゃないかと私は思ったんだけど、どうだろ?)が面白いです。
2025-11-12
- 更新
フォルリ、ラヴァルディーノ城塞
終わりました。詳しく書いた、読みにくいくらい。すみません。
関連して、
チェーザレのフォルリ攻略も詳しく書こうかな…と思ってます。
でも他にも書くこといっぱいあるのよね!
2025-11-10
- 更新
フォルリ
街の歴史。
更新、ちょっとずつ進めているんだけどここに書くほどまとめられていないのです…とろくて…
しかしアルボルノス枢機卿ってカッコいいっすね。この方についての本とか映画とかないのかな。
2025-11-01
- 更新
フォルリ
ヌマイ宮殿と塔。
チェーザレがフォルリを攻めてた時、宿泊していたところ。
城塞からちょっと遠くない?と思うんだけど、多分馬だと飛ばせば3分くらい?
更新日記…2025年10月
2025-10-31
- 更新
フォルリンポーポリ
・聖ペトロ使徒教会
・サン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会
・サン・ルフィッロ寺院
・給水塔
・マドンナ・デル・ポポロ教会
・地図
フォルリンポーポリ終わりました!サクサク進んだ。
次はフォルリのラヴァルディーノ城塞書きます。
ここ書きたかった。楽しみ。
2025-10-30
- 更新
フォルリンポーポリ
・ジュゼッペ・ガリバルディ広場(piazza Giuseppe Garibaldi)
・時計塔宮殿(Palazzo della Torre dell’Orologio)
・ミズーラ開廊(Loggia della Misula)
・ベッケリア開廊(Loggia della Beccheria)
・セルヴィ教会とカーサ・アルトゥージ(Chiesa dei Servi e Casa Artusi)
ベッケリア開廊以外は、チェーザレの時代にあったもの。
外観はどれもだいぶ変わっているけれど。
2025-10-29
- 更新
フォルリンポーポリ城塞
Netflixで「イル・モストロ フィレンツェの怪物」っていう実際の事件をモチーフとした4話完結ドラマ観た。フィレンツェの街並みが楽しめるかと思って。
ぜーんぜん出てこなかった。
しかしイタリア人の男の人って、目が丸くってキョトンとした顔つきの人多いような?
トイストーリーのアンディみたいな。
そして1980年頃のフィレンツェの人々、みんなめちゃくちゃ車の中とか森の中でやってて、ビックリした。
この時代にこんな外でやるんなら、チェーザレの時代にはそこらじゅうでやってたんじゃないのか?と思った。
カナダのボルジアドラマのルクレツィアもミゲルも森でやってわ、そういや。ミゲルは墓場だけど。
2025-10-28
フォルリンポーポリ書いてる途中なんですけど、ここって1503年にチェーザレが病に倒れた後、ヴェネツィアに奪われたと思っていたんですが、違ったようです、すみません!!
実際は、教皇庁(ユリウス2世)の下に降り、オルデラフィ家に返還されたよう。
どこでヴェネツィアと思ったんかな…すみません。
2025-10-18
- 更新
ヴィスコンティ家紋章
ヴィスコンティ家
グレゴリウス10世として教皇に選出されたテオバルド・ヴィスコンティ(Teobaldo Visconti)ってヴィスコンティ家の人で、ヴィスコンティはそこから権力伸ばしたのかと思ってたけど、この方はミラノのヴィスコンティとは全く関係ない人でした。
ピアチェンツァの同姓別家系。
すみません、ずっと嘘書いてました。書き直しました。
2025-10-17
2025-10-16
- 更新
ベルティノーロ
輪の柱(Colonna delgli Anelli)。
コロンナ(Colonna)ってあるとコロンナ家ゆかりの何か、かと思ってしまうけど、「柱」の意味でした。
ここ、面白い話だから読んで欲しい!チェーザレと関係ないけど。
いやでもチェーザレの時代にはあったものだから、関係なくはない!チェーザレも「へーもてなしの柱か」って見たかもしれん。
2025-10-15
2025-10-14
2025-10-08
- 更新
ベルティノーロ
街の歴史。
「ロマーニャとフィレンツェの境に「フィレンツェ領ロマーニャ」があり、ベルティノーロはその結節点として要衝だった。」とあるんだけど、
ロレンツォ様がイモラを買ってたら(パッツィ陰謀の前に買おうとしてた)、イモラも「フィレンツェ領ロマーニャ」だったのかー、と。
フィレンツェ領だったらどんなだったろうね、チェーザレの侵攻。
2025-10-07
- 更新
ローマ、ヴェネツィア宮
ローマに行かれていたラベンダー様 @initiumver(Xアカウント) に、ヴェネツィア宮所蔵のチェーザレ肖像画が、2階の常設展示にあると教えていただきました。画像の掲載も許可していただいたので、掲載致しました!
ありがとうございます!
私が行った時もあったのかな?見つけられなかった…かなしみ。
でも10年越しの発見、嬉しい!
更新日記…2025年9月
2025-09-25
- 更新
チェーザレの剣、来歴
チェーザレの死後、剣の所有者変遷について。
これでチェーザレの剣については終わりです。
ベルティノーロに戻ります!
2025-09-23
- 更新
チェーザレの剣、来歴
制作時期について。
2025-09-22
上に記してるTwitter(いまだこう言いたい)のアカウント、綴り間違って書いてました…
すみません、これ検索しても出ませんよね、訂正しました。
アルハンブラ様、教えてくださってありがとうございました…!!
- 更新
関連アイテム チェーザレの剣
チェーザレの剣、剣身と鞘について。
私、チェーザレ好きとしては意外?にもチェーザレの剣にそんなに興味なくて、雑にしか書いてなかったんですけど、Twitterでほぼルネさんとチンクエデアについてお話させていただいたので、これを機に詳しく書いてみました。
しかしほぼルネさんの知識の広さと深さ、半端ないですね!師と仰いでおります、勝手に。
剣の制作時期やチェーザレ死後の経緯について、もう少し書きます。
2025-09-13
チェーザレ、お誕生日ですね!おめでとうございます!!
- 更新
ベルティノーロ
概略と城塞を少し。
ここまで行く人そんなにいないと思うので、詳しく書きたい。
- WEB拍手レス
クク様
いつもありがとうございます!
最近サボりがちですが、チェーザレ誕生日なので更新してみました!
とりあえず旅行分は早く書き上げたいです😓
更新日記…2025年8月
2025-08-20
2025-08-12
- 更新
関連エピソード
1492年11月14日にアッシジで起きた、「血の晩餐会」について。
アッシジの二大勢力、ネピス家とフィウミ家の対立から生じた暗殺事件。
チェーザレとはほとんど関係ないけど、ジャンパオロ・バリオーニが介入してるし、アレクサンデル6世やシレンツィオ・ホアンが調停に関わっているので。
それに後にバリオーニ家で起きた「血の結婚式」、これと対になるエピソードだなと思って。
なので「血の結婚式」も、もっと詳しく書きます。
祝宴の場での暗殺って、ゲーム・オブ・スローンズみたいでときめく。
2025-08-02
- 更新
アッシジ、ミノーレ城塞
コロナで寝込んでました…。2回目。
熱高くて、だから寒くて、冬の布団とパジャマ出してた。もちろんエアコンつけない、寒いんだもん。
でもこんなんじゃ寝てる間に熱中症で死ぬんじゃ?とビビってた。正解はどうすべきだったんだろ。
今はもうほぼ回復です。明日から普通に外出できるし。(今はインフルエンザと同じような扱いなのね。)
コロナ、今またけっこう多いらしいです。みなさん気をつけて!
更新日記…2025年7月
2025-07-28
- 更新
アッシジ、マッジョーレ城塞
アッシジに入りました。
ここは、城塞以外はちゃんとした解説がいくらでもあるので、ざっと書きます!
2025-07-03
- 更新
マジョーネ、ランバルディ塔
これでマジョーネは終わりです!
2025-07-02
- 更新
ジョヴァンニ・ゴンザーガ
惣領版「チェーザレ」に、11巻末から登場するジョヴァンニ。
この人三男だから大したことしてなくて、記録もなくて、だから物語上使いやすくてシエナにいたりしたんだろな、と思ってたら、意外と頑張って生きてた。
今も存続している唯一の、ゴンザーガ家分家の始祖だって。
すごいじゃんジョヴァンニ!
更新日記…2025年6月
2025-06-30
2025-06-26
2025-06-26
- 更新
マジョーネ城
ほとんど終わり。
もう少し歴史書きます。
2025-06-23
1ヶ月以上空いてしまいました。
雪の大谷さ〜ん観に行ったり、熱出して寝込んだり、ダラダラしてたりしました。
更新日記…2025年5月
2025-05-17
- 更新
スポレート、アルボルノツィアーナ城塞
終わりました。長かった…。アホほど詳しく書きました。
どなたかガイドツアーに参加して、ぜひルクレツィアの昼食がどんななのか教えてください。
今からミッションインポッシブルの先行上映レイトショー行ってくるぜ〜
2025-05-03

スポレートの城塞、アルボルノツィアーナ。城塞まわりの図、描き直しました。
この城塞、刑務所時代にあちこち増設されていて、その後取り壊して元に戻したり戻さなかったりで、変遷がややこしいんです!
で、← ここの○部分、現在は事務所として使われているんですが、ここがチェーザレの時代に存在していたのか、ってことがわからなくて。
しかし、惣領先生が描かれてるんですよ! ↓アーチの後ろ、建物あるっしょ?


それで、「チェーザレの時代からの建物」として描いてたんです。
けど、色々見てたら、17世紀初頭の地図に、ないんですわ! →
ね!?城塞から伸びる通路(アーチのある歩廊)しかない!
しかし昔の地図って信用ならんことも多いじゃないですか。それで、もうひとつくらい裏付け欲しくて、古い時代の地図を探しました。
どっちも19世紀中頃、刑務所時代に描かれたもの。↙︎ ↘︎
もうごちゃごちゃと増設されてる。その中に、例の建物、ある。

そして、これ ↓ が1794年の地図。建物…ないね!??

城塞が刑務所として利用されるようになったのは1817年。
1794年の地図にない建物が、刑務所時代から描かれるようになってる!?
やはり刑務所時代に建てられたもの!?
調べると、1850年頃囚人が増えすぎて、ドゥオーモ近くの邸宅や教会まで借り上げ、作業場にしていた、と出てきた。
上の刑務所時代の白黒の方の平面図は、その頃の牢舎を増やすための計画一案図。左の濃く描かれてる2棟が新設されたよう。
なるほど、じゃあ例の建物は、囚人が増える前から、必要と判断されて、建てられたってことね?最初から建ってたんじゃなければ。
白黒平面図によると、例の建物は「入口にある、衛兵のための詰所および宿泊用施設(Corpo di Guardia e locali di soggiorno all’ingresso pei Soldati)」と書かれてる。
確かにこの場所、門はないけど城塞で最も出入口に近い場所 = 入口だ。つまり見張りが必要な場所。
城を刑務所にするなら、必要だった建物かもしれん。
そして、建物裏の四角のスペースは囚人の運動場だったんだけど、そこの説明パネルに「この時代の痕跡を示すものとして、アクセス道路沿いに二重柵を支える木柵や、監視用の衛兵小屋が保存されている。」と書かれている。
「監視用の衛兵小屋」って、コレのことじゃ!??
やっぱこの建物、刑務所時代に建てられたもので、チェーザレの時代にはなかったんじゃん!?
というわけで、この建物(宮殿風の事務所(palazziana uffici)と呼ばれてるよう)、「チェーザレの時代にはなかった」と結論しました。
今のところ…。
また何か新たな事実が判明したら、書きます。
更新日記…2025年4月
2025-04-30
スポレートの城塞、見取り図と写真と説明を上手く見せられなくて、四苦八苦してます…。
下の図はボツになったやつ。せっかく描いたから…見て…

- WEB拍手レス
くく 様
お久しぶりです!
更新、楽しみにしてくださって、嬉しい〜。ありがとうございます😊
イタリア旅行、いいですね!!スペインに続き!
参考にしていただけるように、秋までにはゆかりの地書き終わりたいです。
2025-04-28
- 更新
スポレート、アルボルノツィアーナ城塞
まだ途中だけど、城塞の外まわりの解説、いい感じにできたと思う!
どう作ればわかりやすいか、試行錯誤した。見取り図と写真が離れてるとわかりにくいから、写真はクリックで出るようにした。見やすいよね!?
2025-04-26
- 更新
サッコッチョ・ダ・スポレート
チェーザレ軍に従軍し、カメリーノを攻撃した人。
この人、「チェーザレの忠臣」ページに書いたけど、アレクサンデル6世死んじゃったら速攻で裏切ってた。サッコッチョ〜!!
しかし、このページ、そこまで忠臣って人じゃなくても入れてるから、まあいいや、ってことで。
※ 追記!↑ これ、いややっぱおかしいわ!と思って「チェーザレの旧臣」として、分けました。
2025-04-21
2025-04-16
2023年にスペインで出版された「権力の名において」(En el nombre del poder)というボルジア本が、ミゲル視点の一人称で書かれてて気になる。
(リンク先で試し読みできます。)
トッレ・ディ・ノーナの牢の中のシーンから始まってて、ミゲルに詩人的要素あって、2013年にイタリアで出た「ボルジアの影」に影響されてるぽい。
妻がいて名前がベアトリスで、これは「俺とボルジア家」リスペクトじゃん!?
(どっちもミゲル視点の一人称ボルジアフィクション。)
話は1498年で終わってて、続きが出る予定みたい。
読みたいなーー。
- 更新
ミゲル・ダ・コレッラ
コセンタイナ伯の庶子説の引用元、スペイン語Wikipediaが間違っていたので、訂正しました。
あと、1503年3月9日のエピソード追加。
ヴァランティノワ公とフランス滞在に関する未刊行文書
チェーザレ・ボルジア、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ニッコロ・マキァヴェッリに関する展覧会の図録
図録、めちゃくちゃ高くなってるけど、こんな値段で買ってない。
こういう本はすぐ値上がりするし、すぐ絶版になる。
推しは推せる時推せって言うけど、本も買える時に買ってないと、すぐ買えなくなる!
2025-04-14
- 更新
フォルリのミゲル
チェゼーナに移動したチェーザレに、フォルリの管理を任されたミゲルが、靴を盗んだ男を処刑したエピソード。
チェーザレが、クリスマスをチェゼーナの民衆に交じって楽しんだ話は有名だけど、そこにミゲルはいなかったのね。残念。
しかし、チェーザレが遊んでる時にミゲルは処刑執行してたとか、対比が陰陽すぎ。苦労人ミゲル。
2025-04-12
アンドレア・ベルナルディの「フォルリ年代記」を少し見たので、チェーザレのファエンツァ攻め周辺を加筆してます。
ミゲルが失敗して「ポストレンゴ」をやけ食いした、みたいな記述があって面白いので、そこまで書きます!
あと、関連書籍も少しずつ書いていこうと思ってます。整理のためにも…。
2025-04-07
2025-04-04
- 更新
スポレート、モンテローネ門とアーチ、ドゥルーゾのアーチ
こういう門や小道、わざわざ観に行くほどのものではない思うんだけど、好きなので書きます。
他にも、こういう観に行くほどでもないものの一つに噴水があると思うんだけど、そっちはあんまり興味がないので全然書いてない。
好きな方、すみません。
2025-04-02
- 更新
スポレート、司教区博物館
教区博物館とも出てくるんですけど、googleマップには司教区となっているので、司教区にしました。
訳語難しい。
2025-04-01
- 更新
スポレート、市庁舎
スポレート、ローマ時代の家
どちらもチェーザレの時代にあったもの。
でもローマ時代の家は埋もれてたかな?
更新日記…2025年3月
2025-03-31
2025-03-30
- 更新
スポレート、油塔と退却門
カルタゴの名将ハンニバル撃退したという塔と、その記念門。
惣領「チェーザレ」は、アンジェロにポエニ戦争のエピソードを楽しげに話していたので、2人で一緒にこの門見に行ったかもね!
2025-03-28
- 更新
スポレート、大聖堂
スポレートの城塞について、詳しいものがなかったので、ebayで買ってしまった。
送料20ユーロだったのに、メール来て「20ユーロじゃ送れなかった、33ユーロかかる」ってキャンセルされてしまった。
どこも物価高くなってるのね…
2025-03-27
- 更新
スポレート、ムリーニ要塞
スポレートで集めた資料が思ってたより少なくて、あちこちひっくり返してます…
何がどこに書いてあるのか、把握するのが大変。
2025-03-17
WEB拍手(ボルジア占い)を毎日のようにクリックしてくださってる方がおられるんだけど、同じ方かしら…?
いつも見てくださってありがとうございます!
ネットゥーノ終わりました。次はスポレートを書きます!
スポレート、「チェーザレ」番外編「カンツォニエーレ」の舞台だから、タイムリーじゃん!
2025-03-15
けっこう詳しく書きました。
ネットゥーノ、歴史古くて色々あって面白い街。何か地下にグロッタが長くつながって在るみたいで、気になる。
あとは、ネットゥーノ南のアストゥーラの要塞書いて、地図作る。
2025-03-14
- 更新
チェーザレからアレクサンデル6世への手紙
アレクサンデル6世からジュリア・ファルネーゼへの手紙
オルシーノ・オルシーニ、追記
上2通の手紙から、オルシーノの意地と言うかプライドと言うか、そういうものを感じたので、まとめました。
2025-03-13
気づけばチェーザレの命日も過ぎてました。早すぎる時が経つの。
時が経つのは速さだから速いと書きたいけど、早いと書くのが正解のようで、へーって感じ。
2025-03-01
- 更新
ルクレツィアの手紙
アルフォンソへの手紙×2、フランチェスコ・ゴンザーガ、イザベッラ・デステへの手紙。
フランチェスコ・ゴンザーガへの手紙は、チェーザレ解放を嘆願してる有名な手紙です。
アルフォンソへの手紙にも、チェーザレの名前出てる。
アルフォンソ・デステの手紙
フェデリーコ・ゴンザーガへの手紙。
ルクレツィアの死を報告する手紙。1回間違って報告して、訂正してる手紙も一緒に載せました。
そそっかしいアルフォンソ。
ルクレツィア関連の手紙けっこう載せた…と思ったけど、10通くらい?
ボルジア城(スビアーコ)での展示はもっとたくさんあったけど、もうこのくらいでいいかな…、とりあえず。ちょっと飽きてきた。またそのうち、ぼちぼち書きます。
またゆかりの地に戻って、次はネットゥーノ書いていきます!
更新日記…2025年2月
2025-02-27
- 更新
トップページ
チェーザレ番外編「カンツォニエーレ」連載開始のお知らせを載せました。
第1話読んだけど、ラブコメだったですね!?
ビアンカはヴァノッツァ様を思い出させるんですかね。
そしてマグダラなビアンカと、ペテロになるミゲルが見えます…ペテロもミゲルもナイフだし…
ルクレツィアの主治医からエルコレ・デステへの手紙
生まれた子はもう亡くなってるのに、どんな様子なのか何度も尋ねるルクレツィア悲しい…
そしてそれにちゃんと答えられない主治医カステッリ、いい人や。
2025-02-21
- 更新
ルクレツィアから、舅エルコレ1世・デステへの手紙
チェーザレがお見舞いに来てくれたことが書かれていて、微笑ましい!かわいい!
しかし日付が…チェの訪問は7月28日とされてきたのに、手紙では先月3日(7月3日)、または8月3日になってるんだよね…謎!!
あと、チェーザレってルクレツィアのお見舞い2回行ってるのね。
1502年 ①の年表、追記しました。
アレクサンデル6世から、ルクレツィアへの手紙
力強い筆跡がかっこいい、アレクさん直筆の手紙。
これも、なぜこの時チヴィタ・カステラーナにいたのか謎。
けっこう頻繁にあちこち行ってたのかな?アレクさん、71歳だよ、元気!
マラリアに罹患しなければ、まだ数年はいけたろうにな…
2025-02-19
- 更新
ルクレツィアの暗号手紙
めちゃくちゃ解読解説頑張った!!
2・の、偽装文章(scrittura dissimulata)について
ルクレツィアの使用していた表向きの表現は、家庭的な日常会話になっていて、ありきたりな夫婦間のやり取りに偽装することができた。
一部での(過去の?)ルクレツィアの評価が、「美しいだけ」「愛される才能はあった」「お人形でしかなかった」で終わっていたのは、彼女のこういう暗号手紙がそのまんまの意味で受け取られていたから、というのもあるんじゃないのか?
アルフォンソが国を離れて戦っている時に、手紙の内容が「大きな坊やは少し具合が悪いです」みたいなことに終始してたら、「国政には無関心で何もできなかった」と思われても仕方ない。
このことは、私にとってかなり大発見です。
そして、ルクレツィア ー アルフォンソ間でこんなに暗号手紙やり取りしてたんなら、チェーザレもめちゃくちゃしてたよね!!?
なんで残ってないんだよ〜〜〜
2025-02-14
ルクレツィアからイザベッラへの手紙、「例年通り塩漬けの魚を贈りますね」という内容なんだけど、スビアーコのボルジア城の展示では「「例年通りお魚ください」とルクレツィアがイザベッラにねだっている」と書かれていて……間違ってるよ!!?
お魚欲しいルクレツィア、かわいいけど。
ゆかりの地の解説進めたいんだけど、スビアーコのボルジア城に展示されてた手紙の解説を、先に書きたいと思います!
2025-02-12
2025-02-10
2025-02-07
- 更新
スビアーコ、サンタンドレア使徒大聖堂
古い教会かと思ってたけど、新しかった、18世紀だった。
チェーザレの時代には、別の教会があった。
2025-02-05
- 更新
スビアーコ、サン・ピエトロ教会
ここの鐘が、昇ってくる朝陽を反射しながら、雲海を見下ろす場所で鳴り響いているところに、ちょうど!通りかかって、動画撮ったんだけど、
全然聞こえないし何も伝わらない動画だった。哀しみ。
2025-02-04
- 更新
スビアーコ、サンタ・マリア・デッラ・ヴァッレ教会
祭壇画、路上の説明パネルには14世紀とあったけど、ガイドブックは16世紀になってる。
「IV」と「VI」で似てるから、どっちかが間違った…?
説明パネルは多くの人が見るし、間違ってたら訂正されるでしょう!と思って、14世紀と書きました。
2025-02-03
- 更新
1493年の、ミラノとナポリの対立の経緯
フランチェスケットのエピソードを入れたかったので、追加して書きました。
水色になってるところです。
スビアーコの続きを書きたいんだけど、こういうのは思いついた時に書いておかないと、一生忘れるので…
2025-02-01
- 更新
ルクレツィア最期の手紙
死の2日前に書かれた、レオ10世への手紙。
更新日記…2025年1月
2025-01-31
- 更新
ペニテンツィエリ宮殿
ホテル・コロンブスとして利用されていたペニテンツィエリ宮殿。
サイト放置していた10年の間に、色々変化が起こっていたので書きました。
2025-01-30
本日2回目更新。
- 更新
チェーザレから、ピエロ・デ・メディチへの手紙
同じ日にピエロ宛てて書かれた、ロドリーゴの手紙があるらしい。
ぜひ読んでみたい。父子で同じこと書いてんのかな?違い気になる。性格の差とか教養の差とか色々わかりそう。
2025-01-30
猫は薬でしっかり排便し、すっかり元気になりました!良かった。
16歳なの。長生きして!!
- 更新
スビアーコ、ボルジア城塞
とりあえず書き終わりました。
あんまり見直してないので、変わる可能性はある。
2025-01-27
2025-01-21

猫が下痢したので病院連れてった。もらった薬をご飯に混ぜてたら、その後3日間ご飯を食べず…
猫って、特に太ってる猫は、数日絶食すると肝臓が悪くなってしまうらしい。
再度病院!今度はレントゲン。すると……
めちゃくちゃ糞詰まってた。
ひと目でわかる。こんなわかりやすいレントゲンある!?
最初の症状は、糞詰まりの隙間から上手く消化できなかった便が漏れてしまったらしい。
糞が詰まってるから、胃も圧迫されてご飯食べれなかったらしい。
これ、ノラネコちゃんだったら、便秘でご飯食べれなくなって死んじゃったかもしれんってこと?
便秘って怖いのね…。
(肝臓は問題ありませんでした。よかった。)
- 更新
レオナルド・ダ・ヴィンチによる、幻のスフォルツァ騎馬像
こんなものが愛知県名古屋市にありました。驚き。
パリオ・デイ・ボルジア
6月にネピで行われる祭り。
書き終わりました。
2025-01-18
- 更新
パリオ・デイ・ボルジア
2024年度のプログラムまで。
このお祭りいつか絶対行きたいけど、3週間に渡って金土日だけ行われるので、目当てのものを全部観たり参加したりするのは大変そう。
プログラムをじっくり研究して厳選の上予約して行かないと。
2025-01-15
あけましておめでとうございます。
2日からインフルで寝込みました。めちゃくちゃ流行ってるみたいですね…
1日にお詣り行って「健康!!」と願ったのにさっそく裏切られた気持ち。
- 更新
ネピ、サン・ビアージョ教会
手紙
手紙って関連アイテムのページに入れてたんですが、これから増やしたいと思って分けました。
過去日記
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