ボルジアの間
ボルジアの間
- ボルジアの間
- ボルジアの間地図
- ボルジアの間 第1室 巫女の間 (Sala delle Sibille)
- ボルジアの間 第3室 信徒信条の間 (Sala del Credo)
- ボルジアの間 第4室 自由七学芸の間 (Sala delle Arti Liberali)
- ボルジアの間 第5室 諸聖人の間 (Sala dei Santi)
- ボルジアの間 第6室 奥義の間 (Sala dei Misteri)
- ボルジアの間 第7室 諸教皇の間 (Sala dei Pontefici)
- ボルジアの間 第8室 私的謁見の間
- ボルジアの間 第9室 第二祭服の間
- ボルジアの間 第10室 祭服の間
- ボルジアの間 第11室 ニコラウス5世の寝室
- ボルジアの間 第12室 ファルダの間
- ボルジアの間 第13室 アレクサンデル6世の寝室
- ボルジアの間 第28室 浴室と宝庫
- ヴァティカン俯瞰図
13世紀から15世紀にかけて建てられたヴァティカン、教皇宮殿の2階部分。
1492年、アレクサンデル6世は教皇に選出されるとすぐに、一連の部屋を、ピントゥリッキオ(ベルナルディーノ・ベッティ)に、装飾させた。これを「ボルジアの間」と呼ぶ。作業は1494年まで続いた。
ピントゥリッキオの助手として、
アントニオ・ダ・ヴィテルボ(イル・パストゥーラ)(Antonio del Massaro da Viterbo detto il Pastura)、
ピエトロ・ダンドレア・ダ・ヴォルテッラ(Pietro D'andrea da Volterra)、
ベネデット・ボンフィーリ(Benedetto Bonfigli)、
ラファエッリーノ・デル・ガルボ(Raffaellino del Garbo)
リッティフレーディ・コルビッツィ(Littifredi Corbizzi)
などがいた。
ヴァティカン美術館見学コースの、ラファエロの間の次、システィーナ礼拝堂の手前、にある。(けっこう後の方。)
全14室からなり(第1室~13室、28室)、
うち8室が公開されている(第1室、3室、4室、5室、6室、7室、13室、28室)。
「現代宗教美術」の展示室となっているので、多少の違和感がある。
ボルジアの間地図

ボルジアの間 第1室 巫女の間 (Sala delle Sibille)
ラファエロの間を終わると、せまい階段を下っていく。階段の終わったところにある最初の部屋が、ボルジアの間第1室。(ボルジアの間地図の①)
ここと、続く第3室が、アレクサンデル6世によって建てられた「ボルジアの塔」部分にある部屋。
この部屋の装飾は、ピントゥリッキオではなく、アントニオ・ダ・ヴィテルボ(Antonio da Viterbo)によるものとされている。
← 中央の人の後ろに見える出入口が、ボルジアの間第2室へ続く。が、こちらは公開されていない。

→ 左に見える出入口は、入ってきたところ。

出窓の上に描かれたアレクサンデル6世の紋章。左上の写真の右端に見える窓が、これ。
1500年、ルクレツィアの2番目の夫、アルフォンソ・ダラゴーナが、ミゲル・ダ・コレッラによって暗殺されたのはこの部屋。
また、1503年、オスティアで捕縛されたチェーザレが、ユリウス2世によって軟禁されたのもこの部屋。
しかし捕囚状態だったチェーザレはあちこちに移動させられていて、ずっとここにいたわけではなかったよう。

- 建築装飾

- リュネット(Lunette)
天井の周りを彩る12のリュネット(半月形の枠のこと。天井の各辺に3つずつ計12枚ある。左図参照。)に、巫女と預言者が描かれているので、巫女の間と呼ばれる。
右の女性が異教の巫女で、左の男性が旧約聖書の預言者。白いトイレットペーパーみたいなものは巻物で、預言の断片が記されている。
旧約聖書に登場する預言者と異教世界の巫女が、ともにキリスト降誕を予告するという神学的思想が表現されている。
これはシスティーナ礼拝堂天井画にも描かれているテーマである。
作者は、ピサ出身のニッコロ・ディ・バルトロメオ・デッラ・ブルッジャ(Niccolò di Bartolomeo della Bruggia da Pisa)という説もある。
窓の反対側の壁、左から右へ(上の写真左下から右へ)、
バルクとサモスの巫女(Baruc e la Sibilla Samia)
ゼカリアとペルシアの巫女(Zaccaria e la Sibilla Persica)
オバデヤとリビカの巫女(Abdia e la Sibilla Libica)
イザヤとヘレスポントスの巫女(Isaia e la Sibilla Ellespontica)
ミカとティブルの巫女(Michea e la Sibilla Tiburtina)
エゼキエルとキンメリアの巫女(Ezechiele e la Sibilla Cimneria)
エレミアとフリギアの巫女(Geremia e la Sibilla Frigia)
ホセアとデルフォイの巫女(Osea e la Sibilla Delfica)
ダニエルとエリトリアの巫女(Daniele e la Sibilla Eritrea)
アゲスとクーマエの巫女(Ages e la Sibilla Cumana)
アモスとヨーロッパの巫女(Amos e la Sibilla Europea)
エレミアとアグリッピーナの巫女(Geremia e la Sibilla Agrippina)
← ホセアとデルフォイの巫女(Osea e la Sibilla Delfica)

→ ダニエルとエリトリアの巫女(Daniele e la Sibilla Eritrea)
- ヴェーラとトンド(Vela e Tondo)
ヴェーラは天井の四隅の帆状(扇状)部分。ここにトンド(円形画)がある。
黄色(金)の背景に、キメラ的な生物や古代風の植物文様の中に、古代ローマの宗教儀礼が描かれている。
- スパンドレル(Spandrel)
スパンドレル(アーチとアーチ(または柱)に挟まれた三角形の壁面部分。上図参照。)には、占星術に関するテーマが描かれている。
占星術では、天体が特定の星座と結びついており、それが異教の神ともつながっている。
東ローマ帝国の滅亡(1453年)をきっかけに、異教の神々についての書物が西ヨーロッパに流入し、ギリシャ語からラテン語に訳され広く読まれるようになった。
中でも「ヘルメス選集」はキリスト教以前の知とみなされ、キリスト教の立場から合理的に解釈された。ここにはその思想が強く表現されている。
「ヘルメス選集」を魔術思想の書と考える立場もあったので、ボルジア家の異教の知への関心、ひいては彼らの思考の柔軟さ、懐の広さがよくわかる。
窓の反対側の壁、左から右へ(上の写真左下から右へ)、

上部(空)に、月と月の女神セレネ。=蟹座。
下部(地上)はおそらく愚者たち。(損傷が大きく特定できていない。)

上部に、水星と知性の神メルクリウス。=双子座と乙女座。
メルクリウスは彼の目印(アトリビュート)であるカデュケウス(2匹の蛇が巻きついた杖)を持っている。
下部は学者たち。

上部に、金星と、愛と美の神ヴィーナス(ウェヌス)。=牡牛座と天秤座。
ヴィーナスの手前に、目印である弓矢を持つキューピッド(クピド)がいる。
通常、ヴィーナスの乗り物を引くのは2羽の鳩か白鳥であるのに、ここでは牛になっている。
金星は牡牛座と結びつき、牡牛はボルジアと結びつくので(ボルジアの紋章は赤い牡牛)、乗り物を引くものが牡牛に変更されている。
アレクサンデル6世が教皇に選出された時、ボルジア家のその美貌から「ヴィーナスの時代が来た」と言われたと言うが、これはボルジア=牡牛=金星=ヴィーナスだったからではないのかな?
下部は恋人たち。

上部に、太陽と太陽神アポロン。=獅子座。
目印は四頭立ての馬車。
下部は地上の指導者たち。
皇帝や王、貴族たちの中央に教皇が鎮座している。
「世俗の支配者である皇帝や王よりも、精神的指導者である教皇の権威は上位である」と明示している。

上部に、火星と戦の神マルス。=牡羊座と蠍座。(現在は蠍座は冥王星。この時代冥王星はまだ発見されていない。)
目印は鎧兜と槍。
下部は荒くれ者たち。

上部に、木星と最高神ジュピター(ユピテル)。=射手座と魚座。
ジュピターは、ローマ神話の最高神(主神)で、ギリシャ神話のゼウスにあたる。
目印は鷲と雷の武器(雷電)。
下部は、学生たちではないかと言われている。(はっきりしていない。)

上部に、土星と最高神の父サテュルヌス。=山羊座と水瓶座。(現在は水瓶座は天王星。この時代天王星はまだ発見されていない。)
目印は鎌。農業の神なので鎌を持っている。しかし父の男根を鎌で切り落とすエピソードもある。
「我が子を喰らうサテュルヌス」で有名。ここでくわれているのは、上記のユピテル以外の子どもたち。
下部は、農民たちと困窮している人々。

上部に、天球儀。帯状の部分は12星座の並ぶ「黄道」。
最後の場面なので、これまでの星と神と星座を統括している感じ。
下部は、賢者たち。

- ラクナリ(lacunari)
天井やヴォールトの装飾に使われるくぼんだパネルのこと。
部屋の天井中央に教皇アレクサンデルの紋章がある。これは教皇の「太陽的」役割を暗示している。周囲の王冠はアラゴン王国のガンディア公爵冠。
一連の建築装飾をみると、アレクサンデル6世の考える世界の成り立ちを、建築+絵画で一気に見せていると言ってもいいと思う。
① 天井
世界の中心に教皇ボルジア。
② ペンナッキ
宇宙と天体の存在。
③ ヴェーラ
異教世界。キリスト以前の世界。
④ リュネット
聖書と異教預言が、一致してキリストを指しているという思想。
⑤ 壁
人間世界。
人間世界は、この上の秩序のもとで成っている。
つまり、宇宙の法則と異教の知は預言によって統合され、
そのすべての上に教皇が体現する神的秩序があり、
そのすべての下に人々が生きている、
と示している。
・異教を排除しない
・占星術を否定しない
・古代ローマを自分たちの祖先と見る
・すべてを教皇権の正統性の下に統合する
これは非常にボルジア的であると思う。
特に、初期のアレクサンデル6世はロレンツォ・デ・メディチの勢力均衡政策を踏襲しようとしていたと思われるので、否定しねじ伏せる支配でなくすべて包摂し支配する思想は、彼の理想だったのではないだろうか。
ボルジアの間 第3室 信徒信条の間 (Sala del Credo)
第1室 巫女の間(Sala delle Sibille)に続き、ボルジアの塔(Torre Borgia)内に設けられている部屋。

← 正面に見える窓の向こうは、ボルジアの中庭。ベルヴェデーレの中庭のある方(入口側)から、部屋の奥を見たところ。
巫女の間とほぼ同じつくりをしており、天井の周りを彩る12のリュネットがある。
こちらはそこに、十二使徒と彼らの登場を予告した預言者たちが描かれている。使徒が手にしている巻物には、信条 (Credo)が書かれており、部屋の名前はそこに由来している。
信条とは信仰の表明のことで、使徒たちがエルサレムを離れて福音宣教の使命を果たす前に、神の霊感によって作成したものであるとされる。
預言者と使徒の組み合わせは、旧約聖書と新約聖書とのあいだの連続性を示している。

ボルジアの中庭の方から、左から右へ、
ペトロとエレミヤ(Pietro e Geremia)
ヨハネとダビデ(Giovanni e David)
アンデレとイザヤ(Andrea e Isaia)
大ヤコブとザカリア(Giacomo Maggiore e Zaccaria)
マタイとホセア(Matteo e Osea)
小ヤコブとアモス(Giacomo Minore e Amos)
フィリッポとマラキ(Filippo e Malachia)(右の画像)
バルトロマイとヨエル(Bartolomeo e Gioele)
トマスとダニエル(Tommaso e Daniele)
シモンとマラキSimone e Malachia)
タダイとザカリア(Taddeo e Zaccaria)
マタイとオバデヤ(Matteo e Abdia)
↓ 天井のリュネット。この部屋もピントゥリッキオではなく、アントニオ・ダ・ヴィテルボ、もしくはティベリオ・ダッシジの手による。


入ってすぐ左と、正面にある2つの窓は、ベルヴェデーレの中庭に面している。(左の写真に見える窓。)

ボルジアの中庭に向かって右の壁際には、なぜか教皇ピウス11世の胸像が置かれている。
(1番上の写真の中央右に見える白い像。)
ボルジアの間 第4室 自由七学芸の間 (Sala delle Arti Liberali)
アレクサンデル6世の書斎(個人図書室)であったところ。食事もここでとっていたらしい。ブックカフェかよ。
1503年、マラリアに倒れた彼の遺体はここに置かれ、暑さによって膨らみ黒く変色したという。
建物はカリストゥス3世の先代教皇ニコラウス5世(1447 - 1455)が建てたもの。

天井のリュネットに、3つの文芸科目と4つの科学からなる、自由七学芸が描かれる。
7学芸なので全部で7科目あるのだが、リュネットは6つなので「天文学」が省かれている。
第3室で天体は詳細に描かれているので、ここは要らんとされたのか?
リュネットの中央に描かれる女性は、擬人化された科目。それぞれが、その科目を表す特徴的なものを手にしている。周囲にはその科目に関連する偉人で、当時の人々の肖像で描かれている。
科目を擬人化なんて、オタク文化のようで面白い。

「文法」
文法は全ての科目の中で最も基礎的なもので、ラテン語の文法を指している。まずはラテン語を理解することから始まる。
中央の女性は本を持っている。
関連する偉人は、プリスキアヌス。女性の向かって左のグリーンの帽子に首飾りジャラジャラの人。500年頃のラテン語学者。
下部にいる、書字版を持つ子どもがかわいい。

「論理学」
持っているものは蛇。
蛇は「創世記」に「野の生き物の中で最も賢い」と書かれているらしい。だからイヴをそそのかしたのか?賢くても賢者っぽくないね?
関連する偉人はアリストテレス。開いた本のページをこちらに見せている人物。
ラファエロの「アテナイの学堂」の、レオナルド・ダ・ヴィンチをモデルに描いたと言われる人物のよう。こちらはプラトンだけど…。

「修辞学」
持ち物は剣と盾?
剣はまちがいないが、盾はあまり盾っぽくないしはっきりとわかっていない。
修辞学(弁論術)でなぜ剣?と思うが、言葉を効果的に用いて聞き手を説得する技術は、時に剣よりも強く人を動かす戦いの技である、と捉えられていたのかな。
現在でもディベートって戦闘ぽいし。
関連する偉人は、ローマの哲学者キケロ。女性の向かって左の、トーガを着て本を見ている人物。
玉座の基台には

「算術」
持ち物は数字が書かれた板。
関連する偉人はピタゴラス。女性の手前下でこちらを向いている。

「幾何学」
持ち物は分度器。
関連する偉人はユークリッド。女性の手前下でコンパスを持っている。ブラマンテの肖像で描かれているらしい。
また、向かって左端の人物は定規を持っている。
「音楽」
持ち物は楽器。
関連する偉人はトバルカイン。女性の向かって右端でハンマーを振り上げている。鍛治の始祖で音楽の発明家とされている。
(音楽にはピタゴラスが結びつけられることもある。)

ピントゥリッキオが描いたのは一部。ほとんどがアントニオ・ダ・ヴィテルボとティベリオ・ダッシジの手による。
この部屋も中央はボルジアの紋章と牡牛で飾られている。両脇の牡牛は金の漆喰細工。
紋章の下部、中央の大アーチの5つの八角形は(下の写真と1番上の写真のアーチ部分)、
ラバンに別れを告げるヤコブ、
ソドムとゴモラの破壊からロトを救う天使、
正義、
トラヤヌス帝の正義、
褒美を与える正義、
が描かれている。
この5つの場面は、 「正しい判断」「正義ある決断」の具体例である。
これは「学問を修める目的は、正義を行うためである」というメッセージであり、「ボルジアの下で行われる正義は、正しく修められた学問に基づいている」という、ボローニャ大学を優秀な成績で卒業したアレクサンデル6世の矜持だったのかも?
もっと言うと、ボルジア教皇の支配は、単なる権力支配ではないという表明で、「正義とは、学問によって導かれる徳であり、教皇の統治は〈学知に裏打ちされた正義〉である」と、神学的政治的に自己礼賛している。
すごくアレクサンデル6世ぽい!と思うけど、この5つの八角形画は16世紀に付け加えられた可能性があるらしく、少なくとも修復は行われているよう。
アレクさんに関係なかったら妄想がすぎる。が、この部屋は上述の通りアレクサンデル6世の書斎であったので、学問に関しての彼の見解や思想は反映されていたんじゃないかな。


左の写真は、第3室から入ったところから撮ったもの。
右の出口に向かって人が集まっているが、これはこちらがシスティーナ礼拝堂への順路だから。
ボルジアの間第5室への出口はその対角線上にあるので注意!
(人の流れに乗せられて、見過ごしてしまいがち。)
(5室への出口は、ロープが張られて閉じられていることも多い。が、これは単に「今、監視人の手が足りないから」といった理由であったりするようなので、粘ると入れる可能性もある。)
奥に見える暖炉は、もともとサンタンジェロ城にあったものらしい。
ボルジアの間 第5室 諸聖人の間 (Sala dei Santi)
ボルジアの間で最も有名な絵画「アレクサンドリアの聖カタリナ」のある部屋。
ピントゥリッキオ自身の手がけた部分が最も多い部屋でもある。(他の部屋は、ピントゥリッキオの弟子であったアントニオ・ダ・ヴィテルボ、ティベリオ・ダッシジなどの手が多く入っている。)
聖書の物語と同時に、ギリシャ神話とエジプト神話が描かれている独創的な部屋。
アレクサンデル6世の異文化に対する大らかさが如実に表れている。

ギリシャ神話に登場する女性イオが、エジプトで女神イシスとなったという伝承が描かれいる。
イオは牝牛に変えられた女性で、イシスは牛の角(と太陽)の冠をもつ女神である。また、イシスの夫オシリス神は聖なる牛アピスと結びつけられている神である。
牛は神々に関連する高貴な生き物であり、牡牛を紋章にもつボルジアは神に近き存在である、という主張が明らかに見える!
- ギリシャ神話
部屋の中央を横切る大きなアーチにある、4つの八角形画。なぜか奥に向かって左から2番目の絵から物語が始まり、ぐるりと周って左端で終わっている。

・上(これが左から2番目の絵)から、河の女神イオが最高神ユピテル(ゼウス)に言い寄られているところ。
・ユピテルの妻である女神ユノ(向かって左)に浮気を察知されたユピテルは、イオを牝牛に変える。
・ユノは、100の眼を持つというアルゴス(向かって左)にイオを見張らせる。(見にくいけど左端に牝牛がいる。)
困ったユピテルはしっかり者の息子メルクリウスを派遣する。メルクリウスは話術と音楽でアルゴスを眠らせ殺害する。ひどい!
ユノは激怒し、イオの苦難は続く。が、エジプトで人間の姿に戻ることができる。

エジプトで女神イシスとなったイオ(中央)。
旧約聖書の預言者モーセ(向かって左)と、エジプトの賢者であり神となるヘルメス・トリトメギトス(「ヘルメス選集」の著者)と対話している。
「ヘルメス選集」は、東ローマ帝国の滅亡(1453年)をきっかけに西ヨーロッパに流入し広く読まれるようになった、異教の神々についての書物のひとつ。
キリスト教以前の知とみなされ、キリスト教の立場から合理的に解釈された。ここにも、巫女の間と同様にその思想が表現されている。
「ヘルメス選集」を魔術思想の書と考える立場もあったので、ボルジア家の異教の知への関心、ひいては彼らの思考の柔軟さ、懐の広さがよくわかる。
- エジプト神話
部屋の中央を横切る大きなアーチの前後に、4分割された2つの天井がある。ここにエジプト神となったイシスと、オシリスの物語が描かれている。
部屋の入口側の天井、窓側の大きなリュネットから物語は始まる。(白の数字が物語の順番。)

①
正位置で見て、向かって右から4番目のポーズつけて立っているのがオシリス神。
オシリスは農業の神で、人々を指導して土地を開墾している。
古代エジプトの生活が、この時代のイタリアに知られているわけではないので、ピントリッキオは空想で描いている。
②
中央の高みに座しているのがオシリス。
木々が実り、人々が豊かになっている。オシリスは地上の王となった。
③
こちらも中央がオシリス。
道具を用いた農業が始まっている。鋤を牽く牛は豊穣の象徴。
人々のあいだに、労働者と貴族のような階級ができている。
④
オシリスとイシスの結婚。
祭司が2人の手を結びつけている。
正位置で見て、向かって右端の3人、真ん中が祭司、右がオシリス左がイシス。

⑤
オシリスの死。
弟セトが王となった兄オシリスに嫉妬し殺害する。
右側で首を掴まれているのがオシリス、掴んでいるのがセト。
⑥
引き続きオシリスの死。
中央にある三角形はピラミッド=オシリスの墓=オシリスの死を表している。
見返っている白い衣装の女性がイシスで、バラバラにされたオシリスの身体を集めている。(足元にオシリスの手足がある。)
イシスの隣にいるのは、アヌビスではないかと言われている。アヌビスはエジプト美術では犬の頭で描かれることが多いが、ミイラ作りの神で、イシスはアヌビスの力を借りてオシリスを復活させる。
⑦
オシリスの復活。
三角形はオシリスの墓、その前にいるのが復活したオシリス。
オシリスは「オシリス・アピス」となり、牛の姿で現れている。
⑧
崇められる牡牛。
輿に乗っているのはオシリス・アピス(牡牛の像)。
牡牛は神話に登場する高貴なもの=牡牛を紋章とするボルジア家は神に由来する高貴な出自である、というアピール!
ちなみに、システィーナ礼拝堂に描かれているモーセの物語では、牡牛を崇めたイスラエルの民が粛正される場面が描かれている。これは偶像崇拝の否定であるが、ボルジアの間にそのような概念は存在していない。
これをボルジアの大らかさ・懐の広さと捉える人もいるだろうけれど、ボルジアのいい加減さ・不道徳と捉える人もまあいるよね。
- キリスト教
そして、キリスト教の聖女カテリナは、異文化の融合した地であるエジプトのアレクサンドリアで、神への信仰を語る。
(アレクサンドリアは古代最大の図書館と研究機関を有していたところ。)
アレクサンドリアの聖カタリナ
クリックすると拡大して説明が出ます。(2枚あります。)


左は「カタリナ」の画面左部分。
玉座の皇帝はチェーザレ、聖カタリナはルクレツィアの肖像と言われている。
(諸説あるが、この説が最も有力。)
チェーザレには皇帝の資質があるという示唆であるとされ、ルクレツィアはカタリナのように美しく聡明であると示唆されている。
(この絵が描かれた頃ルクレツィアはまだ12〜14歳なので、年齢が合わないためモデルではない、という説もある。)
聖女カタリナは3世紀末から4世紀初頭(キリスト教が公認となる少し前)の人物で、アレクサンドリアの高貴な家に生まれた美しく聡明な女性。
キリスト教弾圧のためにアレクサンドリアを訪れたローマ皇帝は、帝国中から集めた選りすぐりの学者50人を、カテリナと議論させる。
カテリナは50人と語り合った後、全員をキリスト教に改宗させた。
絵には、カタリナの話に耳を傾ける多くの人物が描かれている。彼らは多種多様な国と文化を表しているようだし、カテリナは異文化へ配慮しつつ、キリスト教を語っているよう。
皇帝の右に立っているターバンの人物がチェーザレであるという説もある。これはこの時期ヴァティカンに滞在していたトルコの王子ジェームとする説もある。

画面右端の馬に乗る人物がチェーザレであるという説もある。
これは弟ホアンであるという説、
トルコ王子ジェームであるという説、
もある。
左下の写真に見える窓の向かい側に「アレクサンドリアの聖カタリナ」が描かれている。
右下の写真は、ボルジアの間第6室へ続く出口の上に描かれている聖母子像。ジュリア・ファルネーゼがモデルであると言われている。

聖アントニウスと隠修士聖パウルス

「アレクサンドリアの聖カタリナ」右隣にある絵。「カタリナ」と同じくエジプトを舞台にしており、描かれる2人、聖アントニウスと隠修士聖パウルスはカタリナと同時代人。
しかしカタリナが若くして殉教したのに対し、この2人は長生きしてる。迫害を乗り切り大往生した聖人に、ボルジア時代が長く続くことをあやかったのかも?
絵の場面は、荒野で隠遁生活をしているパウルスを、アントニウスが訪れたところ。毎日パンを運んで来るカラスが、この日は大きなパンを持って来る。2人がパンに手を添えると、パンは真ん中から割れた。
中央の左側がアントニウス、右側がパウルス。
聖母のエリザベート訪問

洗礼者ヨハネを身ごもっているエリザベートを、イエスを身ごもっている聖母マリアが訪れたところ。
中央の女性左側、赤と青の衣服をまとっているのがマリア。右側がエリザベート。それぞれの隣にいるのが、彼女たちの夫のヨセフとザカリア。周りは一族の子供たち?
マリアとエリザベートは親戚同士で、自分に先立ち奇跡によって妊婦となったエリザベートを、マリアは訪れた。
この訪問に喜び、洗礼者ヨハネはエリザベートのお腹の中で飛び跳ねた、と聖書に記述されている。
しかし聖書のこの場面に、ヨセフとザカリアと子どもたちは登場しない。夫婦と子どもたちを描くことで家族の絆=ボルジア家一族の絆を強調している?
聖セバスティアヌス

3世紀、キリスト教迫害時代に殉教した半分架空の聖人セバスティアヌス。ローマ帝国皇帝の親衛隊長であったが、キリスト教徒であることが露見し、柱にくくりつけられ矢で射られた。瀕死のところをキリスト教徒の女性イレネに救われる。
背景にコロッセオが描かれており、舞台がローマであることがわかる。
当時、シャルル8世のイタリア侵攻により、アレクサンデル6世は退位を迫られローマは略奪の危機にあった。矢面にさらされるセバスティアヌスに、アレクサンデル6世は自分の状況を重ね、神の加護を得て責苦を克服したセバスティアヌスに、あやかりたかったのかも?
スザンナと長老たち

スザンナは紀元前6世紀頃の旧約聖書に登場する人物。
前面に、庭の泉で水浴しようとしていた時、長老たちに襲われたところを描いている。
「やらせないと若い男と浮気するために1人で水浴していたと言いふらす」。
言いなりになると、姦淫の罪で死罪。
拒んでも姦淫の罪で死罪。
しかし裁判で長老たちは矛盾を突かれ、嘘が露呈する。右奥に、偽証により死罪となる長老たちが描かれている。
左奥には、無実が証明されて喜ぶスザンナが描かれている。
淫蕩と誹謗中傷されたルクレツィアが、スザンナに重ねられているという説がある。
しかし絵の制作当時、ルクレツィアはまだ最初の結婚しかしていないので、この説はどうなの?という気もする。
聖女バルバラ

バルバラは3世紀、キリスト教迫害時代に殉教した女性。左端に描かれる人物。
右端の剣を持つ人物はバルバラの父。キリスト教徒になった娘を殺そうとしている。
父親の後ろにいる2人は、裂けた岩の中に隠れたバルバラの居場所を教えようとしている羊飼い。
父親は雷に撃たれて落命するが、バルバラ殉教してしまう。
背後の塔は、バルバラが父親に幽閉されていた塔。扉の上にボルジア紋章が描かれている。
バルバラは窓を2つ足し、神を表す3つにしたとされる。
ボルジア家の起源であるスペインの「ボルハ」は、イスラムの言葉で「塔」という意味があり、それが語源であるとも言われる。
ここには、ボルジアの名前に由来する伝承として、塔の場面が描かれたのかもしれない。
ボルジアの間 第6室 奥義の間 (Sala dei Misteri)
奥義の間と訳されるが、神秘の間の方が適切かと思われる。神秘(Misteri)とは、神の人智を超えた御業のこと。
天井のリュネットに描かれるのは、「聖母の7つの喜び」のうちの6つ。
描かれない1つは「聖母のエリザベート訪問」で、「諸聖人の間」に描かれている。
- 聖母の7つの喜び
①受胎告知
②聖母のエリザベート訪問
③キリスト生誕
④東方三博士の礼拝
⑤キリスト復活
⑥精霊降臨
⑦聖母戴冠

部屋奥の左側から時計まわりに、「受胎告知」、「キリスト生誕」…と描かれている。
「キリスト復活」の次(窓の上)に、本来は聖母の登場しない「キリストの昇天」が加えられ描かれている。
受胎告知

天使ガブリエルがマリアに、キリストを懐妊したことを告げる場面。
白いユリはマリアの純潔、
トゲのないバラはマリアの無罪、
花瓶に生けられた花は、子宮の中の胎児、
を表している。
絵の左隣はガンディア公の冠と牡牛、右隣はボルジアの紋章で装飾されている。(下図)

キリスト生誕

キリストが生まれた場面。
地面に寝かされているのは「神の子が人間として地上に生まれた」ことを強調している。
マリアと彼女の夫ヨセフ、羊飼いたち、天使、牛とロバが描かれている。
東方三博士の礼拝

東方の3人の賢者たちが、救世主誕生を知り礼拝に訪れた場合。
賢者たちは博士と訳されるが、王であったとも言われる。
左端からヨセフ、
キリストを抱くマリア、
3人の賢者。
中央の木に右上に、賢者たちを導いた星が描かれている。
通常、星はキリストの真上に描かれるものなので、これは異例の表現。もしかしたら何か意味があるのかも?
キリストの復活
磔刑の翌々日の、キリストが復活した場面。
中央上部がキリスト。手にしている十時の旗は、キリストが死に打ち勝った勝利を表している。
左端で祈りを捧げているのはアレクサンデル6世。
見張りの兵士たちは、彼の4人の息子たちがモデルであると言われている。

アレクサンデル6世。
足元に教皇の三重冠が置かれている。
マントは金地に刺繍が施され、たくさんの大きな宝石で飾られている。とても豪壮。
頭の背後にある白い岩が絶妙な色と形で、光輪のように見えるよう描かれている!すごい仕掛け。

武器を持っていない右端の人物が、僧籍にあったチェーザレであるという説、
長い槍を持った赤い衣装の人物がチェーザレである、という2つの説がある。
右端がチェーザレ説では、槍がガンディア公ホアン、
槍がチェーザレ説では、右端がガンディア公ホアン。
棺の前で眠っているのは、末弟ホフレ。
棺の向こうでキリストを見上げているのは、長兄ペドロ・ルイス。
槍を持つ人物はホアンで、右端の人物は枢機卿となるフランチェスコ・ボルジア(カリストゥス3世の庶子であると言われる人)であり、チェーザレは描かれていない、という説もある。
そんなことある!?
キリストの昇天

復活の40日後、キリストが使徒たちに見守られながら昇天する場面。
通常この時にマリアはいない。が、ここには描かれている。
これは、マリアにキリスト教会を重ねている(マリア=教会)と解釈されている。
精霊降臨

キリスト昇天の10日後、キリストの予告通り、弟子たちに精霊(神の力)が降りる場面。
中央上部の鳩が精霊。
マリアが中央下部に目立つように描かれており、ここでもマリアにキリスト教会を重ねている(マリア=教会)と解釈されている。
右端で膝を折っているのは聖ペトロ。
聖母戴冠

マリアの亡骸に魂が戻り、肉体と魂がひとつになった生きている時と同じ状態で、天に上げられる場面。
天使が冠を捧げているのは、マリアが天国で「天の女王」として戴冠することを暗示している。
棺の中バラは聖母の象徴。
左側にいるのは聖トマス。
右側にいるのは、教皇カリストゥス3世の庶子フランチェスコ・ボルジアだと言われている。
ボルジアの間 第7室 諸教皇の間 (Sala dei Pontefici)
教皇ステファヌス2世、ハドリアヌス1世、ウルバヌス2世、マルティヌス5世など、10人の教皇を称える銘文の刻まれている部屋。これに由来してこの名で呼ばれる。

枢機卿会議などの公式行事が行われていた部屋。宴会や謁見もここで行われていたよう。
1500年6月、雷がこの部屋に落ち、3人が死亡する事件が起きる。
アレクサンデル6世は崩れた梁天井の下敷きとなるが、額に傷を負っただけにとどまった。
現在見られる装飾は、レオ10世時代のもの。12星座と7つの惑星(当時は7つしか知られていなかった。)、踊る天使たちが描かれている。
公開されている一連のボルジアの間の中で、この部屋にだけ、ボルジアの紋が見られない。
左の写真、中央オブジェの後ろに見えるのが、第8室へ続くドア。(公開はされていない。)
ボルジアの間 第8室 私的謁見の間
非公開。
アレクサンデル6世の私的謁見の間であったところ。階段で、上階のラファエロの間につながっているらしい。
ボルジアの間 第9室 第二祭服の間
非公開。
「パパガッロの間」(pappagallo、オウムの意味。)と呼ばれていたが、教皇がここで着替えを行うことから、「衣替えの間」となり、
また、執務や謁見、儀式なども行われるので、「教皇枢密会議の間」とも呼ばれていた。
(「金のバラ」の授与式などが、ここで行われていたらしい。)
現在は「第二祭服の間」と呼ばれる。
ボルジアの間 第10室 祭服の間
非公開。
枢機卿たちはここで祭服に着替えていた。
ボルジアの間 第11室 ニコラウス5世の寝室
非公開。
ニコラウス5世の時代に作られ、シクストゥス4世の時代に修復された天井がある。そのため、天井はシクストゥスの紋章が散りばめられているらしい。
・・・なんでここがボルジアの間に含まれるのかは謎。
ボルジアの間 第12室 ファルダの間
非公開。
ファルダ(falda)とは教皇の法衣のこと。
特筆される説明が見られないので、クローゼットのような部屋だったのかも。(着替えの間にも近いし、つながっているし。)
ボルジアの間 第13室 アレクサンデル6世の寝室
第4室からシスティーナ礼拝堂へ向かう方向へ続いている。縦に長いので、やや通路のような感じ。
アレクサンデル6世の寝室であった部屋。彼が息を引き取ったところはここ。

右上の写真は修復途中のボルジアの中庭。左側の壁に「Cortile Borgia」とプレートがある。右側の壁や窓には紋もついている。
正面奥はセンティネッラの中庭に続き、左手にシスティーナ礼拝堂がある。


ボルジア家の紋章のモチーフで飾られた天井は、木組みでできている。
ボルジアの間 第28室 浴室と宝庫

浴室と宝庫として使われていた、とされる部屋。


なぜ、浴室と宝庫が同じ部屋にされていたのか、謎。
「13室に付随する2室」という記述がみられたので、以前は2室に分かれていたのかも。
ヴァティカン俯瞰図

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