チェーザレ・ボルジアについて、とりとめのないけれど愛に満ちた探究心を発揮するサイトです。

その他の絵画。

その他の絵画

絵画 ボルジア家

  • 製作年代の古い順に載せています。

※ 旅行ガイドの中の、各美術館の紹介ページにも多少の絵画を載せています。

枢機卿ロドリーゴの肖像?

セバスティアーノ・デル・ピオンボ(Sebastiano del Piombo)
「Ritratto del cardinale Antonio Ciocchi del Monte」

Ritratto del cardinale Antonio Ciocchi del Monte

1515年。
アイルランド、ダブリン、ナショナル・ギャラリー。
枢機卿アントニオ・チョッキ・デル・モンテの肖像。

惣領冬実「チェーザレ」1巻、Virtu3に登場する、枢機卿ロドリーゴ・ボルジアの肖像(ピサ、大司教邸に飾ってあるやつ)に、反転させればそっくり。

(すみません、カラー画像が入手できませんでした・・・。)




教皇アレクサンデル6世

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(Tiziano Vecellio)
「Papa Alessandro presenta Jacopo Pesaro a san Pietro」

16世紀初頭。
ベルギー、アントワープ、王立美術館。
ヤコポ・ペーザロを聖ペテロに引き合わせる教皇アレクサンデル6世。
ヤコポ・ペーザロはキプロス西部パフォスの司教であった人物。1502年、教皇軍艦隊の司令官を務め、聖マウラの戦いでトルコを破った。そのことを祝して描かれたもの。

Papa Alessandro presenta Jacopo Pesaro a san Pietro




チェーザレ、ミゲル、マキァヴェッリ

作者不明
16世紀。
ローマ、個人所蔵。
左から、
ミゲル・ダ・コレッラ、
枢機卿ホアン・ボルジア(サヴィオ・ホアン)(もしくはペドロ・ルイス・ボルジア(こちらの方が有力のよう))、
チェーザレ・ボルジア、
ニッコロ・マキァヴェッリ。

Don Michelotto de Corella, il cardnale Pierluigi Borgia(oppure Giovanni Borgia, seniore), Cesare Borgia, il Machiavelli
 




模写はどっちだ

セバスティアーノ・デル・ピオンボ(Sebastiano del Piombo)
「Cardinale Bandinello Sauli, il suo segretario e due geografi」

Cardinale Bandinello Sauli, il suo segretario e due geografi

1516年。

Cardinale Bandinello Sauli

ワシントン、ナショナル・ギャラリー。
枢機卿バンディネッロ・サウリと彼の秘書と2人の地理学者。
ミゲル、サヴィオ、チェーザレ、マキァヴェッリとされる絵画とそっくり。と言うかほぼ同じ。
ただ枢機卿の顔が微妙に異なる。




ガンディア公ホアン暗殺

L'uccisione del duca de Gandia.

ミゲル・エステーヴェ
(Miguel Esteve)。16世紀。
ヴァレンシア、パトリアルカ修道院(Monasterio de Patriarca)。
別名、聖体修道院(Colegio del Corpus Christi)。

「ガンディア公暗殺」(L'uccisione del duca de Gandia.)。
「パオロ・ダ・サン・レオカディオによって、16世紀に描かれたもの」とサチェルドーテ本には書かれているが、現在ではレオカディオの影響を受けたミゲル・エステーヴェの作とされている。

十字架の聖母に跪くホアン(ガンディア公)、
彼の背後で剣を振り上げているのがチェーザレ、
(チェーザレは1番左の人物で、暗殺者とは別とする説も。)
左から2番目の赤い帽子がホフレ。




ボルジア一家

ダンテ・ガブリエル・ロセッティ。「The Borgia Family」。1863年。
ロンドン、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(Victoria & Albert Museum)。

The Borgia Family

リュートを弾くルクレツィアの前で、楽しく踊っている子どもたち。それを見守るアレクサンデルとチェーザレ。
しかし3人の大人たちは剣呑な表情をしており、子どもたちの命を狙っているようでもある。その証拠にテーブルの上のワインには、毒が混入されている。
不穏で危うい濃密な空気が、右端の窓から顔を出す人物によって、緩和されている。




ボルジアとマキァヴェッリ

Borgia e Machiavelli

フェデリーコ・ファルッフィーニ(Federico Faruffini)。「Borgia e Machiavelli」(ボルジアとマキァヴェッリ)。
1864年。イタリア、パヴィア、ヴィスコンティ城内の市立美術館(Musei Civici del castello Visconteo)。

1867年のパリ国際展覧会(Exposition universelle à Paris)で金賞を獲得した作品。
「Cesare Borgia che ascolta Machiavelli」(マキァヴェッリに耳を傾けるチェーザレ・ボルジア」とも言われる。




ボルジア家の毒薬

Il veleno dei Borgia
フェデリーコ・ファルッフィーニ(Federico Faruffini)。「Il veleno dei Borgia」(ボルジア家の毒薬)。
1869年。イタリア、ピアチェンツァ、リッチ・オッディ・ギャラリー(galleria Ricci Oddi )。

この作品を仕上げた1869年、ファルッフィーニはペルージャで服毒自殺している。




ヴァティカンを去るチェーザレ・ボルジア

ヴァティカンを去るチェーザレ・ボルジア

ジュゼッペ・ロレンツォ・ガッテリ(Giuseppe Lorenzo Gatteri)。「il Cesare Borgia abbandona il Vaticano」。1872年。
イタリア、トリエステ、リヴォルテッロ市立博物館(Museo Civico Rivoltello)。

1503年8月、枢機卿団はアレクサンデル6世死後のコンクラーヴェを開催するため、チェーザレに対してローマを離れるように要請する。
9月2日、病床にあったチェーザレは輿に乗せられ、ネピへと向かう。
慌しい出立の様子を描いたもの。




チェーザレのグラスワイン

ジョン・コリア(John Collier)。「A Glass of Wine with Caesar Borgia」。

19世紀末。
イギリス、イプスウィッチ、イプスウィッチ美術館。

A Glass of Wine with Caesar Borgia

教皇アレクサンデル6世の紋章の描かれた豪奢な部屋。テーブルの向こうに、左からチェーザレ、ルクレツィア、アレクサンデル、と並んでいる。
チェーザレは、毛皮のローブをまとった若い男の持つグラスに、おそらく毒の入ったワインを注ごうとしている。
アレクサンデルはブドウを食べながら、ルクレツィアは酷薄な表情をして、それを見ている。




その他の絵画 - その他の人々

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