チェーザレ・ボルジアについて、とりとめのないけれど愛に満ちた探究心を発揮するサイトです。

ソリアーノ

ソリアーノ Soriano

正式名称はソリアーノ・ネル・チミーノ(Soriano nel Cimino)。
日本語ではサリアーノとも表記されがち。

[添付]
鉄道で、ローマから、



ラツィオ州の北部、チミーノ山の麓にある街。中世、ローマ人によって破壊されたエトルリアの街スリーナ・ヴェトゥスの跡地に建てられたと考えている。

13世紀、ソリアーノの西15キロほどにあるヴィテルボがローマ教皇の住居となったことで、重要性が増した。
1278年、オルシーニ家出身の教皇ニコラウス3 世の横暴により、オルシーニの所領となる。(この所業によりニコラウス3世はダンテ「神曲」の中で地獄に堕とされている。)

1441 年、教皇エウゲニウス4世の下で教皇庁領となる。
彼に仕えていた枢機卿アロンソ・デ・ボルハ(後のカリストゥス3世)、続く枢機卿ロドリーゴ・ボルジア(後のアレクサンデル6世)によって、街は強化された。(ほぼボルジアの所領のようになっていた。)

1491年、チェーザレ、パンプローナ市議会への手紙。

1492 年、ロドリーゴが教皇に選出された時、支持に対する返礼として、ソリアーノはジョヴァンニ・バッティスタ・オルシーニ枢機卿に寄贈された。

1494年、ガンディア公ホアンの敗戦。

1503年、ミゲル・ダ・コレッラの対オルシーニ

1560年、トレント司教クリストフォーロ・マドルッツォ枢機卿によって買収される。

1579年、マルコ・シッティコ・アルテンプス枢機卿に買収された。


オルシーニ城(Castello Orsini)

13世紀、教皇ニコライ 3 世によって建てられた城。
アロンソ・デ・ボルハ、ロドリーゴ・ボルジアによって強化された。






キージ・アルバーニ宮(Palazzo Chigi Albanim)






大聖堂(Duomo)(Chiesa di San Nicola di Bari)






ロマーナ門(Porta Romana)






古い噴水(Fontana Vecchia)






サン・エウティツィオ教会(Chiesa di Sant'Eutizio)






ミゼリコルディア教会(Chiesa della Misericordia)






考古学博物館(Museo Archeologico dell'Agro Cimino)







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