チェーザレ・ボルジアについて、とりとめのないけれど愛に満ちた探究心を発揮するサイトです。

2009-05-28-フェラーラ

旅行日記 2009-05-28 フェラーラ

そう言えば、ボローニャにはお土産やさん的なものを全然見なかったな・・・。
ミラノでは無駄に本買ってしまったけど、お店がないから買わずにすんじゃった。
あ、「チェーザレ」買ってるやん。

今日はフェラーラへ行きます。
月末までホテルは移動せず、ボローニャを拠点にして、周辺の街をまわる予定。
イモラ、フォルリ、カステル・ボロネーゼ(ボローニャの城塞なのにボローニャから離れたところにあるのです)、ファエンツァ、マントヴァも行けたらいいな・・・。

でも、足が痛くてつらい!湯船に入れないから、疲れがとれない!(ミラノのホテルもボローニャのもシャワーブースしかないのです)
今日もいっぱい歩くのに・・・。どうにかならんのか・・・?
靴の底に、靴下を敷いてみました。クッション代わり。
靴下が厚くて、窮屈。ダメだ。

あ!!
いいものがありました!!
生理用ナプキンです。ちょうど2個、持ってます!
これを(開かず包みのまま)土踏まずの部分にあたるようにして、靴を履くと・・・・・・
い〜ね〜!!最も痛いつま先部分が浮くので、歩きやすい!
・・・すみません、下品で。でも、すごい心地よいですわ。
もし私が死体で発見とかされたら、「被害者の靴に生理用ナプキン!犯人は変質者!」と確実に思われますね。
変質者は被害者の方ですよ〜


まあ、とりあえずフェラーラ。行ってきます!


asterisk_07.gif

電車に乗る前はだいたいその辺の人をつかまえて、
「これはフェラーラ行き?」
などと聞いて確認します。
めんどいけど、間違ったところへ行くほうが、もっとめんどいから。
今日も降りてきた人にちゃんと確認し、乗車。
なかなか発車せんね〜、と思いよったら、車掌さんがやって来て、
「この電車はここで終わりよ」だって。
ええ!?さっき、確認したのに〜!?
なんなのよ・・・。
電光掲示板にも、このホームから出発、と出てたよ?なぜだ!?
おかしいね〜、でもこういうことって、旅先でよく起きるよね?私だけですか?機械に弱いからですかね?関係ないですね?

しかたないので、次に早い時間の、ヴェネツィア行き急行に乗りました。

※ この電車は「フェラーラ行き」ではなくて、「フェラーラ発」だったのでした。「到着」のパネルを間違えて見ていたのです・・・。
アホやのう・・・。


  • サン・フランチェスコ教会
    途中きれいな教会があったのでついでに入りました。
    調べないと、ゆかりとかは、わかりません。朝早いからか、誰もいなくいていい雰囲気でした。


  • カーザ・ロメイ
    15世紀に建てられたロメイさん家。
    エルコレ・ストロッツィ(ルクレツィアとピエトロ・ベンボの仲をとりもった詩人、人文主義者))が、この家周辺の街角で死体で発見されました。
    この辺?と思いつつ散策。
    内部の「シビラの間」が、なんかルクレツィアと関係あったような気がするけど、思い出せません!
    エルコレ殺害現場?.jpg
    この辺が殺害現場かも?


  • コルプス・ドミニ修道院
    フェラーラで最も行きたかったところ。エステ家の墓所です。ルクレツィアが眠ってます。アルフォンソも横に。
    入り口で2人の観光客らしき女性が、窓口の修道女とすんごい言い合っている!
    何!?

他には誰もいないし、仕方ないので待ってたら、どうも「入れない」と言っているよう。
でも入り口に開館時間のプレートあるよ?
お昼の閉館時間に重ならないように、1番に来たよ?
大丈夫な時間だよ?

言い合いはかなりの時間つづく。
そのうち2人の一方が(母娘っぽかった。母の方が)、私にも話しかけてきて(イタリア語)、あんたも何とか言いなさいよ、的雰囲気になり、修道女がドアから出てきて「もういい加減にしてちょうだい!」みたいなジェスチャーをする。
が、しかし、入れない理由がわからないし、私も母娘に混じってモキモキ言ってみる。というか、なぜ入れないのか、と一所懸命に聞く。

が、もう、まったく完全に英語がつうじない。フランス語も。文句言ってる母娘にも、通じない。単語さえ。まじで?なんで?話す気がないから?
だから、とにかく「入れない」ということしか、わからない。

だんだん腹が立ってくる。
入れんかい!!
観光客に門戸を開いているんなら、英語くらい判れ!英語は世界の共通語でしょ!?チェーザレの時代でいうラテン語と同じだよ、習得しときなさいよ!

だけど、修道女がとうとうぶち切れて、「とにかくダメなのよ!」的ことを言って、ドアを閉めてしまう。
ちょっと〜待ってよ!!!!
んでもギャンギャン文句母娘も、とうとうあきらめ、私に「残念ね、かわいそうに」的なことを言いつつ行ってしまう。母ちゃんの方に頭なでられてしまった。相当かわいそうな顔してたんでしょう。
あきらめきれずに、入り口をうろうろしてると(だって、なんで駄目なのかわかんないし)、開館時間を書いてるプレートの下に、紙が張ってある。

なんと。
修復のため入れませんだって!!!!
そういうこと!!納得!!
いやいやいや!!納得できんよ!!せっかく来たのに!!
次来るの、いつよ!!

理由がわかったので、とりあえず落ち着き、でも未練がましく、周囲をうろつく。そしたら、
裏の扉が開いていて、中の修復の様子が見える!!!!
ここ!?ここがエステ家の墓所ですか!?
修復作業中の姉ちゃんを大声で呼んで尋ねると、・・・ちがった・・・。礼拝堂だって・・・。
なんかよく判らんかったけど(またもや英語通じず)、この礼拝堂の奥に墓所はあるらしい・・・。

壁一枚!!そこにあるのに!!
でも遠いよ!!ベルリンの壁くらい遠いよ!!西側に脱出させて!!
外からのぞいたコルプス・ドミニ.jpg
外からのぞいたコルプス・ドミニ。ほんとがっかり。

でも外にいるのをいいことに、本来なら間違いなくカメラ禁止の礼拝堂をバシバシ写真撮りました。まあ、見える範囲は限られてたけど。
あ〜あ。
本当に残念です。
工事のパネルを見ると11月までかかるようでした。(これも「修復中で入れません」のところに書くべきじゃない?)
11月までフェラーラは行ってはなりません!


  • スキファノイア宮殿
    エステ家の別荘。
    ここに!スフォルツェスコ城にあると思ってた、ルクレツィアのメダルがありました!
    スフォルツァとスキファノイアを見間違えてたのかしら??

    ルクレツィアのメダル(右)左上はアルフォンソ(多分).jpg
    ルクレツィアのメダル!

ここ、フェラーラで1番、ルクレツィア関係の書籍類が充実してました。
他のところにもあるんだけど、イタリア語の小説系ばっかで、さすがにそれを買う気にはなれなかった・・・。
ここにはカラー写真豊富なハードカバーの本が2種類、
プッチーニのオペラ「ルクレツィア・ボルジア」の脚本、
あとルクレツィア関連のハガキが数枚、置いてありました。

カラー写真の本を、どっち買うかすごい迷った!2冊ともという選択肢はさすがになく。高いし、でかいし、重いから。しかもどっちもイタリア語。
レジの女の人に
「どっちがおススメ?」と聞き、
「こっちよ。図説が多岐にわたってる」
(英語でした。いるやん、できる人も!彼女を修道院にやって!)と言ってくれた方を買いました。
高い方でした。高いから薦めたんじゃないよね・・・?


  • カスタビーリ宮
    なぜか別名イル・モーロ宮殿です。
    なんでフェラーラにイル・モーロ?ベアトリーチェ関係?(イル・モーロの妻ベアトリーチェはエステ家出身です。ルクレツィアの夫アルフォンソの妹です)
    チケット売り場のお姉さんに聞くと、
    「昔住んでたのよ!」
    だって。ほんと〜?
    宮殿および中庭が、ルネサンス様式の逸品だそうです。
    内部はなぜか考古学博物館になっていて、昔の壺がいっぱいでした。
    「トロイの壺?興味ねえよ」
    と素通りしましたが、考えてみればトロイの遺跡関係だったのなら、すごいものだったのかも。興味なくはなかったわ。まあいいや。


  • サンタントニオ・イン・ポレージネ修道院
    ベアトリーチェ・デステ所有の修道院があったところです。
    ちょうどお昼の閉館時間にかかってしまい、中にはは入れませんでした。
    でも、中庭がすんごくきれい!!
    コルプス・ドミニとは比べものにならん!(入れなかったのを根に持ってる訳ではありません・・・。コルプス・ドミニは庭など見えなかったし!)
    花と緑がすごく手入れされていて、気持ちがよかったです。ベアトリーチェの修道院なんて、ついでだったけど、とても気に入りました。
    ここのベンチで持参してたおかしとか食べてなごみました。暑かったけど。

※このベアトリーチェは、エルコレ1世の娘ベアトリーチェではなく、13世紀の人でした!アッツォ・ノヴェッロの娘ベアトリーチェ、だそうです。


  • 大聖堂
    てれてれ歩いて観光の中心地、エステの城と大聖堂のあるところへ。
    上記の、最初に行ったところが、観光の中心地からけっこう離れたところだったので、がんばって歩きました。
    大聖堂の手前のスーパーで買ったお惣菜&バナナでお昼。広場で食べました。
    お米のサラダみたいのを買ったのに、スプーンもらうの忘れてた!
    その辺にあったジェラート屋さんで小さいのもらって食べました。ナイス。

聖堂はまあ、普通の教会でした。すみません、感受性が枯れてるんです。


  • エステンセ城
    エステ家の城!
    ここは2番目に来たかったところ!修復してないでしょうね!
    修復中・・・だったのは、広場のサヴォナローラ像。(サヴォナローラはフェラーラ出身)いいです、いいです、ずっと直しててください!
    修復中のサヴォナローラ.jpg
    修復中のサヴォナローラ

塔に登りたいなら、チケット売り場で同時に購入すること、とガイドブックにあったので、もちろん同時購入。
(ガイドに「皆知らないのか、誰一人上っておらず」と書いてあったけど、ほんとに私だけだった。なんでもっと宣伝しないんだろ。狭いから、特に希望する人だけでいいや〜くらいに思ってんのかな?)
エステ城の中庭.jpg
アルフォンソが大砲好きだったから大砲?

ここ、いいです!私は城塞好きだからかもしんないけど、楽しい!
ジュリオ・デステ(アルフォンソの母違いの弟))が50年近く(だったよね?うろ覚えです、すみません)幽閉されてた(アルフォンソ暗殺を計画したとして)塔、パリジーナ・マラテスタとウーゴ・デステ(義母と息子という関係ながら愛しあった。パリジーナの夫ニッコロが二人を斬首した)が入れられた牢も見られます。
暗いよ〜、狭いよ〜、楽しい〜。

塔から眺めるフェラーラの街並みもよかったです。


  • ディアマンティ宮殿
    ここもエステの宮殿。外観のボコボコが特徴。
    中は現在美術館になっていて、近代絵画を展示中だったので、入りませんでした。
  • サン・ベネディクト教会
    息子ロドリーゴが死んだ時?かなんかで、ルクレツィアが閉じこもった修道院がサン・ベネディクトでした。

ここは教会だけど、ベアトリーチェの修道院も教会に隣接していたので、「修道院もあったはず!」と思いこむことに。
中で聖歌隊の歌が!!と思ったらテープでした。

※1512年、息子ロドリーゴが死んだ時、ルクレツィアがこもったのは、サン・ベルナルディーノ修道院でした。
この修道院は、私の持っている地図やガイドブックには、残念ながら見つけらません。



5時31分の電車でボローニャへ!
今日はここまで!


asterisk_07.gif

あ、そうそう、フェラーラで乗ったバスの中で、坊主(はげ?)&ひげのおじさんが、携帯で話してる途中「チェーザレ!」と叫んでてびっくり!
自分の名を言ったのか、相手に呼びかけたのか、人の名を言ったのかわかんないけど。いるのね〜チェーザレ。

歩いた歩数:18160歩







a:1414 t:1 y:0


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