チェーザレ・ボルジアについて、とりとめのないけれど愛に満ちた探究心を発揮するサイトです。

マントヴァMantova

マントヴァ Mantova

マントヴァ駅

鉄道で、ボローニャから約1時間半〜2時間半。
(ボローニャまで、
ミラノから約1時間20分〜1時間50分。
フィレンツェから約1時間。
ローマから約2時間半。)

ボローニャからは、モデナでの乗り換えが必要。
(この接続がスムーズに行くかどうかで、所要時間が1時間は変わる。)
ミラノからは直通あり。約2時間前後。

駅前から街の中心であるエルベ広場まで、徒歩で約10分ちょっと。
見どころはその広場周辺に集まっており、徒歩でまわれるが、テ宮殿のみ、少し離れたところにある。(エルベ広場から、徒歩で約20分くらい。)

  • マントヴァ観光案内のサイト A Mantova
    英語でも見られます。

ゴンザーガ家の所領地。14世紀初頭から18世紀初頭まで、マントヴァを支配した。
フランチェスコ2世ゴンザーガ(1466〜1519)に嫁いだ、フェラーラのエルコレ・デステの娘、才女イザベッラ・デステ(1474〜1539)によって、ルネッサンスの芸術・文化がもたらされる。

  • 地図上でダブルクリックすると、ズームしていきます。
  • 地図上でドロップ&ドラッグすると、画面が移動していきます。

  • エルベ広場 -
  • サン・タンドレア教会 -
  • サン・ロレンツォ聖堂 -
  • ラジオーネ宮殿 -
  • ドゥカーレ宮殿 -
  • 大聖堂 -
  • テ宮殿 -
  • -


※写真にマウスを置くと、多少の説明が出ます。

エルベ広場(Piazza Erbe)

マントヴァの観光の中心となる広場。
サン・タンドレア教会、サン・ロレンツォ聖堂、ラジオーネ宮殿などがある。
サン・タンドレア教会の向かって右脇(ラジオーネ宮殿側)には、観光案内所がある。
ここから北へ向かって、ブロレット広場(Piazza Broletto)、ドゥカーレ宮殿やドゥオーモのあるソルデッロ広場(Piazza Sordello)と三つの広場が続いている。




サン・タンドレア教会(Basilica di Sant'Andrea)

教会正面

1472年、レオン・バッティスタ・アルベルティによって着工され、1494年、ルカ・ファンセッリによって完成された。
依頼したのはルドヴィーコ・ゴンザーガ
(イザベッラ・デステの夫である、フランチェスコ2世・ゴンザーガの祖父)
ルネッサンス様式。1414年建築の鐘楼は、ゴシック様式。

中庭から鐘楼を見た構図









画家アンドレア・マンテーニャの作品と、墓があることで有名。




サン・ロレンツォ聖堂(Rotonda di San Lorenzo)

右の円柱型の小さな建物が、サン・ロレンツォ聖堂

11世紀、カノッサ家の支配下にあった頃に建てられた、マントヴァで最も古い教会。
レンガで造られたロマネスク様式。
内部はとても狭いが、厳かな雰囲気がある。
「Rotonda」とは、「円形の建物」「円形の広場」「ロータリー」などの意味をもつ。




ラジオーネ宮殿(Palazzo della Ragione)

サン・ロレンツォ聖堂の隣にある建物です。

サン・ロレンツォ聖堂と同様に、カノッサ家の支配下にあった11世紀に建てられた。
当時は、キリストの聖遺物を求めて、マントヴァを訪れた巡礼者たちの宿泊施設として利用されていた。
やがて、宮殿として建て替えられ、ゴンザーガ家の時代には、ポデスタ館(行政長官の館)として利用された。
現在は、ショップやレストランの他、市役所の事務所などが入っている。




ドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)

広場から見るかぎり、そう大きく感じませんが、奥に広いのです。

ソルデッロ広場(Piazza Sordello)にある、14世紀から17世紀にかけて建てられた、ゴンザーガ家の宮殿。
カピターノ宮殿、サン・ジョルジョ城、サンタ・バルバラ教会の3つの建物が集まってできている。
それぞれは回廊でつながれ、大小の中庭が点在している。
敷地面積は34,000平方メートル。部屋数は500以上。
サン・ジョルジョ城内にある、マンテーニャのフレスコ画で彩られた「結婚の間」(Camera degli Sposi)が有名。
3室からなる「イザベッラ・デステの間」(Appartamento di isabella)もある。

  • 開館時間
    火曜〜日曜 : 8時半〜19時(最終入場時間は18時20分)
    閉館 : 月曜、1月1日、5月1日、12月25日

※ 写真撮影禁止



大聖堂(Cathedral)

画像の説明

エルベ広場からソルデッロ広場(Piazza Sordello)へ入ると、正面に見える大聖堂。
13世紀に建てられた、街で最も古い教会のひとつ。
1545年、火事で焼けた内部を、ラファエロの弟子であったジュリオ・ロマーノによって再建された。
いくつかの建築様式が複合しており、ファサードはネオクラシック、サイドはゴシック、鐘楼はロマネスク。




テ宮殿(Palazzo del Te)

正面。低層で横に長い建物 正面向かって右側の中庭
フランチェスコ・ゴンザーガとイザベッラ・デステの息子、フェデリーコ2世が、愛人ボルケッタと過ごすために作らせた宮殿。
1524年から1534年にかけてジュリオ・ロマーノによって建てられた。
シンプルな外観とは裏腹に、内部はさまざまな趣向が凝らされ、派手で華やか。
6頭の馬の描かれた「馬の間」は、名馬の産地としてマントヴァを知らしめた、ゴンザーガ家らしい部屋。
チェーザレがフランスへ発つ時、このゴンザーガ家の厩舎から、何頭もの馬が届けられている。

1502年8月、チェーザレとフランチェスコ・ゴンザーガは、同盟の印として、彼らの娘(ルイーズ)と息子(フェデリーコ2世)(どちらも当時2歳)の婚約を決める。
チェーザレの没落とともに、この話は立ち消えるが、ひとつ間違っていれば、チェーザレの血が、この宮殿、この街に受け継がれていたかもしれない。

※ 写真撮影禁止







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