チェーザレ・ボルジアについて、とりとめのないけれど愛に満ちた探究心を発揮するサイトです。

フィレンツェFirenze

フィレンツェ Firenze

サンタ・マリア・ノヴェッラ駅

鉄道で、ミラノから約2時間45分。
ボローニャから約1時間。
ローマから約1時間40分。
ナポリから約3時間40分。
すべてフィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅(Stazione Centrale Firenze Santa Maria novella)に到着する。


オルサンミケーレ教会。中央にあるのがチケット売り場。緑の看板に、美術館と値段のリストが。
  • フィレンツェの観光案内サイト Weekend in Florence
    英語ページです。
    フィレンツェ「ウフィッツィ美術館」「アカデミア美術館」などの予約ができます。
    ウフィッツィもアカデミアも予約必須ではないですが、ハイシーズンには長蛇の行列ができます。予約があると、並ばずに入館できて快適です。ただし予約料は必要。
    フィレンツェのカルツァイウオリ通り(Via Calzaiuoli)にあるオルサンミケーレ教会(Chiesa di Orsanmichele)正面入り口にあるチケット売り場でも、前売り券を買うことができます。予約料込みの値段です。
    (年中無休なのかどうかはわかりません・・・)
    その他のサイトも → 旅行ガイド


※写真にマウスを置くと、多少の説明が出ます。

ドゥオーモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ教会)
(Duomo(Cattedrale di Santa Maria del Fiore))

白大理石にオレンジと緑の大理石で装飾してある。きれいで華やか ゴシックと初期ルネッサンスの混合様式。左からクーポラ、聖堂、ジョットの鐘楼。手前にサン・ジョヴァンニ礼拝堂がある。
1296年に着工され、1436年に一応の完成をみた教会。しかしそれ以後もクーポラの上部やファサードなど、さまざまな増築改築装飾が行われている。現在見られるような姿になったのは、19世紀、着工から600年が費やされた。

1478年、ロレンツォ・イル・マニフィーコと弟のジュリアーノ・デ・メディチ暗殺計画(→ パッツィ家の陰謀)の舞台となった教会。
ジュリアーノが刺殺されたのは、教会主祭壇のすぐそばだったらしい。
ロレンツォが逃げ込んだという聖具室は、主祭壇の左右両方にある。どちらだったのかは不明。


※ 写真撮影可


メディチ・リッカルディ宮(Palazzo Medici Riccardi)

ドゥオーモからマルテッリ通りに入ると、すぐ見えます。

1444年、イル・マニフィーコの祖父コジモが、友人の建築家ミケロッツォに依頼して建築したメディチの館。フィレンツェ市民の妬みや嫉みを買わぬよう、質素で素朴な外観に作らせたという。
リッカルディとつくのは、17世紀後半にリッカルディ家の所有となったから。
1460年から約100年間、メディチの住まいとして使われた。ロレンツォ・イル・マニフィーコも彼の息子ジョヴァンニたちも、ここで生まれている。
惣領版「チェーザレ」で、チェーザレが訪れているメディチ邸もここである。

メディチ邸正面入り口側。この通りを右に行くと、つきあたりにサン・マルコ美術館があります。 左右対称につくられた中庭




惣領版「チェーザレ」2巻に登場するメディチ・リッカルディ邸

※ 写真をクリックすると大きく表示されます。
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Virtu 13の表紙。チェーザレがピエロとジュリオの3人で立っているところ。チェーザレたちは写っている人たちよりだいぶ手前に立ってますね!
177ページ。チェーザレがジュリオと2人でピサ大学の話をしている場面の背景。ドアの上と真ん中にある飾りは、描かれていません。
177ページ、左下。チェーザレがジュリオと歩いている場面の背景。奥に見えるドアは上の写真のドアと同じものです。
178ページ。ニコマコス倫理学について話している場面の背景。表紙の場面とほとんど同じところにいます。
「魔術師か・・・・・・」とチェーザレがダ・ヴィンチを見送る場面の背景。似たような階段を撮影しました。後ろの窓は描かれてないけど・・・。




※ 内部の写真撮影禁止


サン・ロレンツォ教会(Basilica di San Lorenzo)

メディチ礼拝堂とつながっていますが、入り口は別です。 教会正面左手から入っていく中庭。
393年に建てられた古い教会を、1414年、ジョヴァンニ・デ・メディチ(ロレンツォ・イル・マニフィーコの曽祖父)の依頼でブルネレスキが再建した。
粗野で素朴な印象を受ける外装は未完成。大理石で覆って仕上げるための石材が、横のラインを描いて突き出している。
ブルネレスキはサンタ・マリア・デル・フィオーレ教会のクーポラ建築に携わったため、この教会の外装が後回しにされたらしい。現在も、その中断されたままの姿を残している。




メディチ家礼拝堂(Cappelle Medicee)

バロック様式の礼拝堂。

サン・ロレンツォ教会の裏手にある礼拝堂。
1516年、教皇レオ10世(ジョヴァンニ・デ・メディチ。イル・マニフィーコの次男)が、
父ロレンツォ、
甥ロレンツォ(レオ10世の兄ピエロの子。1516年〜1519年の間、デッラ・ローヴェレ家からウルビーノ公の座を奪う。)、
叔父ジュリアーノ(パッツィ家に暗殺される。)、
弟ジュリアーノ(ダ・ヴィンチをローマに呼んだヌムール公。「モナ・リザ」を依頼者だったと言われている。)
のための墓と礼拝堂を、ミケランジェロに依頼し作らせた。
埋葬記念碑の「夜」「昼」「黄昏」「曙」が有名。






サン・マルコ美術館(Museo di San Marco)

サン・マルコ美術館外観。 聖アントニーノの中庭

サン・マルコからメディチ邸へ向かうカヴール通り

サン・マルコ修道院の半分を、サン・マルコ美術館として一般開放している。
1436年、コジモ・デ・メディチが建築家ミケロッツォに依頼して建築された修道院。中世の古い建物を利用して改築、増築された。
2階の一部は図書室となっており、コジモが寄贈した蔵書が、収められている。レオナルド・ダ・ヴィンチはここでラテン語の勉強をしたと言われている。
ベアト・アンジェリコのフレスコ画、フラ・アンジェリコの「受胎告知」、サヴォナローラの僧房のあることで有名。
「受胎告知」は2階への階段を上ったすぐのところに、サヴォナローラの僧房は2階の奥、1階チケット売り場のほぼ真上くらいの位置にある。
右上の写真は、惣領版「チェーザレ」2巻末で、チェーザレとミゲルがダ・ヴィンチの話をしながら歩いているところ。


※ 内部の写真撮影禁止


シニョーリア広場(Piazza della Signoria)

もっと引いて撮ればよかった・・・。これじゃヴェッキオ宮の画ですね・・・ ここで共和国指導者の演説などが行われた。
ヴェッキオ宮殿(左の写真)、ランツィのバルコニー(右の写真)、フェンツィ宮殿(ヴェッキオ宮の向かい側にある建物)、ゴンディ宮殿(ヴェッキオ宮の左隣にある建物)などに囲まれた広場。
中央にある騎馬像はコジモ1世。他にミケランジェロの「ダヴィデ像」のコピーなど、多くの彫刻作品が飾られている。
13〜15世紀フィレンツェの政治の中心であり、市民の集会場だったところ。虚飾の焼却やサヴォナローラの火刑が行われた場所でもある。
10代はじめのレオナルド・ダ・ヴィンチが、最初にフィレンツェに住んだ場所も、この広場の沿い(ゴンディ宮があったところ)だったと言われている。




ヴェッキオ宮殿(Palazzo Vecchio)

鐘塔にはアルビッツィ家に陥れられたコジモ・イル・ヴェッキオが幽閉されたこともある

サンタ・マリア・デル・フィオーレ教会やサンタ・クローチェ教会の設計者でもある、アルノルフォ・デ・カンビオによって14世紀初頭に建てられた。共和国フィレンツェの政庁舎であった建物。現在も市庁舎として使用されている。が、一般公開もなされている。

建築当初はパラッツォ・デッラ・シニョーリア(Palazzo della Signoria)と呼ばれていた。ヴェッキオ宮と呼ばれるようになったのは、1539年から1549年までここに居住していたコジモ・デ・メディチが、ピッティ宮に移ってから。ヴェッキオ(古いという意味)となった。

500人広間(Salon de los Quinientos)


1498年から1512年までフィレンツェ共和国の書記官であったマキァヴェッリは、ここで働いていた。
「レオ10世の部屋」、「クレメンス7世の部屋」、ダ・ヴィンチが「アンギアーリの戦い」を描くのに失敗した「500人広間」などがある。
(500人広間を背にして左に入った部屋がレオ10世の部屋、そこから続く部屋がクレメンス7世の部屋。)

レオ10世の部屋(Sala de Leone Ⅹ) クレメンス7世の部屋(Sala de Clemente Ⅶ)
ヴァザーリの「教皇レオ10世のフィレンツェ入場」「フィレンツェ包囲戦」、フレスコ画の「馬上槍試合」、サンティ・ディ・ティートの「ニッコロ・マキァヴェッリの肖像」などが見られる。




ウフィッツィ美術館(Galleria degli Uffizi)

ウフィッツィ美術館。コジモ1世の依頼でヴァザーリが設計。コの字型の意外と地味な建物。

ルネッサンスの名作を数多く所蔵する美術館。
トスカーナ公となったメディチ家の事務局が置かれていたことから、ウフィッツィと名づけられた。(uffiziとはufficioの古形で事務所のこと。)
展示室は全45室。年代順に続いているので、わかりやすく見学しやすい。

  • 7室
    ピエロ・デッラ・フランチェスカ「ウルビーノ公爵夫妻の肖像」(フェデリーコ・モンテフェルトロとバッティスタ・スフォルツァの肖像)
  • 10-14室
    ボッティチェッリ「春」(惣領版「チェーザレ」2巻に登場)、「ヴィーナスの誕生」、
    「東方三博士の礼拝」(ボッティチェッリの自画像(右端)やロレンツォ・イル・マニフィーコ(右側の黒い衣装)の肖像が描かれている)
  • 15室
    ダ・ヴィンチ「受胎告知」
    ダ・ヴィンチとヴェロッキオ「キリストの洗礼」(ダ・ヴィンチの師ヴェロッキオの作品を、ダ・ヴィンチが手伝ったとされる。左の天使がダ・ヴィンチ作)
  • 25室
    ミケランジェロ「聖家族と幼い洗礼者聖ヨハネ」
  • 26室
    ラファエッロ「グイドバルド・モンテフェルトロの肖像」「エリザベッタ・ゴンザーガの肖像」(グイドバルド夫妻の肖像)
    「フランチェスコ・マリア・デッラ・ローヴェレの肖像」(ジュリアーノ・デッラ・ローヴェレの甥の肖像)
    「ラファエロの自画像」
    「教皇レオ10世と枢機卿ジュリオ・デ・メディチと枢機卿ルイジ・デ・ロッシ」
    「教皇ユリウス2世の肖像」
  • 28室
    ティツィアーノ「フローラ」(中田耕治「ルクレツィア・ボルジア」下巻の表紙)
    「ウルビーノのヴィーナス」
    「エレオノーラ・ゴンザーガ・デッラ・ローヴェレの肖像」(イザベッラ・デステの長女。フランチェスコ・マリア・デッラ・ローヴェレの妻)
    「シクストゥス4世の肖像」
    など。
    他にルーベンスやレンブラントの作品を所蔵。

展示室をつなぐ廊下(第一廊下、第二廊下、第三廊下)にも多くの彫刻と肖像画が並ぶ。
肖像画は、医者で歴史家で伝記作家でもあったパオロ・ジョーヴィオ(Paolo Giovio)(1483〜1552)(レオ10世やクレメンス7世に仕えた)が収集したものの模写。
チェーザレをはじめ、その時代の多くの著名人の姿が見られる。(チェーザレの時代の人物は第一廊下に集まっている。)

第一廊下(Primo Corrdoio)(階段を上ってすぐのところ)
左右に分かれて番号が打たれている。(説明パネルに。絵自体にはついていない。)

アレクサンデル6世の肖像
  • 右(進行方向に向かって右)
    20 シクストゥス4世
    21 インノケンティウス8世
    22 アレクサンデル6世
    28 アルフォンソ1世(ナポリ王)
    38 アスカーニオ・スフォルツァ
    37 ピエトロ・リアーリオ
    43 ピエトロ・ベンボ
    89 フランチェスコ・グイッチャルディーニ
    90 パオロ・ジョーヴィオ
    ? ジョヴァンニ・デ・メディチ
チェーザレ・ボルジアの肖像

その他、
ルイ12世、
フランチェスコ・ゴンザーガ
ピエロ・ソデリーニ、
アンドレア・ヴェロッキオ、
の肖像もある。(すみません、番号はわかりません。)

※ ウフィッツィ美術館の公認ガイド(美術館のブックショップで販売されている)には、「全作品収録」と書いてあるが、廊下の肖像画については、ほとんど全く言及されていない。(怒)

建物の周り(ウフィッツィ広場)を飾る彫刻にも、
ジョット、ドナテッロ、ダ・ヴィンチミケランジェロダンテ、ペトラルカ、ボッカッチョ、マキアヴェッリ
などがある。(像の下に名前が書いてあるのでわかりやすい。)


※ 内部の写真撮影禁止





バルジェッロ国立博物館(Museo Nazionale del Bargello)

ヴェロッキオ「ダヴィデ像」。ダ・ヴィンチは美少年だったんですね!
バルジェッロ館

中世とルネッサンス期の彫刻を多く展示する美術館。
13世紀中ごろ行政長官の館として建てられ、16世紀に警察長官官邸となった建物。(バルジェッロとは警察長官という意味。)
1階は、
ミケランジェロの初期の作品「バッカス」「ブルータス」、

2階は、
ドナッテッロの「ダヴィデ像」(下の写真。クリックすると拡大します。)「フィレンツェの紋章をもつライオン」、
ブルネレスキとギベルティの競作「イサクの犠牲」、

ドナテッロ「ダヴィデ像」。

3階は、
10代のレオナルド・ダ・ヴィンチがモデルと言われるヴェロッキオの「ダヴィデ像」(右上の写真)、
などがある。
中庭は、パッツィ家の陰謀の首謀者の1人であったベルナルド・ディ・バンディーノ・バロンチェッリが処刑されたところでもある。彼は2階バルコニーの柱から吊るされた。
この様子を描いたダ・ヴィンチのスケッチ?が残っている。(ボナ美術館(フランス、バイヨンヌ)所蔵)




サンタ・クローチェ教会(Basilica di Santa Croce)

サンタ・クローチェ教会

13世紀にフランチェスコ修道会の教会としてアルノルフォ・ディ・カンビオの設計で建てられた。
多くの著名人の墓碑、記念碑のあることで有名。
右の身廊に、
ミケランジェロ、
ダンテ、
マキァヴェッリ、
が並ぶ。
(ダンテのものは記念碑。墓は没した地であるラヴェンナにある。)
他に、
レオン・バッティスタ・アルベルティ、レオナルド・ブルーニ、ガリレオ・ガリレイ、ロレンツォ・ギベルティ、など。

1478年の陰謀事件前に、アンドレア・デ・パッツィがブルネレスキに依頼して起工された、パッツィ家礼拝堂もある。

  • 開館時間
    平日 9:30〜17:30
    日・祝 13:00〜17:30
    休館 1/1、6/13,10/4、12/25、26




ストロッツィ宮(Palazzo Strozzi)

外壁ブロックのサイズが上階へいくにつれて小さくなっていくのは、メディチ邸と同様。 1階の中庭の吹き抜け。
フィレンツェの富裕な銀行家であったフィリッポ・ストロッツィによって1489年に建てられた、ストロッツィ家の邸。ルネサンス建築の代表である建物。
フィリッポ(1428〜1491)の息子のフィリッポ(同名。1489〜1538)はロレンツォ・イル・マニフィーコの長男ピエロ(レオ10世の兄)の娘クラリーチェの夫。
フェラーラで、ルクレツィアの廷臣であり友であった、詩人エルコレ・ストロッツィは、このストロッツィ家の傍系にあたる。

現在は展示会会場として利用されていて、催事のある時のみ入場できる。




ピッティ宮(Palazzo Pitti)

横に長すぎて、画面に入りきれません。 ルネッサンス様式の代表建築
1457年、ルカ・ピッティによって着工されたピッティ家の宮殿。
1549年、初代トスカーナ公であるコジモ・デ・メディチはこの宮殿を買い取り、ヴェッキオ宮から居を移した。彼は中断されていた工事を再開し、左右翼やファサードを増築。改修増築はたびたび行われ、19世紀末、現在見られるような姿となった。
パラティーナ美術館(ピッティ美術館。絵画中心のコレクション。ラファエロの作品を11所蔵。)、
近代美術館、
銀器博物館、
衣装博物館、
陶磁器博物館、
の5つの美術館博物館が入っている。




サンタ・マリア・ノヴェッラ教会(Basilica di Santa Maria Novella)

奥行きが100メートルもあるそう。 中庭。
サンタ・マリア・ノヴェッラ駅を出るとすぐ前にある教会。(この時見えるのは、教会の裏側。)
14世紀にドメニコ修道会の教会として建てられた。
1503年、チェーザレの失脚後、レオナルド・ダ・ヴィンチはフィレンツェに戻り、このサンタ・マリア・ノヴェッラ教会の一室「教皇の間」に住みこむ。
ダ・ヴィンチはここで「モナ・リザ」を描きはじめた。また「アンギアーリの戦い」の下絵もここで描かれた。
ルーブル博物館(フランス、パリ)所蔵の、ラファエロのモナ・リザの模写は、彼がダ・ヴィンチをここに訪ねたときに描かれたものとされている。

マザッチョの「三位一体」、フィリッポ・リッピのフレスコ画などが見られる。
トルナブオーニ家の礼拝堂(Cappella Tornabuoni)のギルランダイオのフレスコ画「洗礼者ヨハネの生涯」(Storie di San Giovanni Battista)の「ザカリアの天使の出現」(Apparizione dell'Angelo a Zaccaria)の一部(左下)には、クリストフォーロ・ランディーノの肖像が描かれている。(左から2番目。背中を向けてこちらを向いている人。)
Apparizione dell'Angelo a Zaccariaの全体 左の絵画の左下部分を切り取り、拡大しています。惣領冬実「チェーザレ」のランディーノ、似てますね!




アカデミア美術館(Galleria dell'Accademia)

ミケランジェロの作品とフィレンツェの絵画を収めた美術館。
「ダヴィデ像」のオリジナルの他、ユリウス2世の霊廟を飾るために制作された、4体の未完の作品「奴隷」が所蔵されている。


※ 内部の写真撮影禁止


その他

惣領冬実「チェーザレ」3巻の置かれていた棚
  • Libreria Martelli リブレリア マルテッリ
    ドゥオーモ広場からメディチ・リッカルディ宮へ向かうマルテッリ通り(Via Martelli)にある本屋。
    ドゥオーモを背にしメディチ邸に向かうと、通りの右側にあります。
    惣領版「チェーザレ」イタリア語版が購入できます。







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